芥川賞作家の目取真俊氏(YouTube「RBC琉球放送News」より)

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 4月1日、芥川賞作家の目取真俊氏が、沖縄県名護市辺野古の沿岸部にある米軍キャンプ・シュワブ周辺の立ち入り禁止区域内に許可なく入ったとして、海上保安庁に逮捕された。

 沖縄生まれの目取真氏は、1997年に沖縄戦をテーマにした短編小説「水滴」で芥川賞を受賞。以後も集団自決や基地問題など沖縄を題材にした小説や評論を多数発表してきたが、文学の上だけでなく、実際に基地反対運動などに積極的に身を投じ、辺野古のボーリング調査を阻止するためカヌーに乗って立ち入り禁止区域に入るなどの抗議運動を続けてきた。

 目取真氏はその活動を昨年、「週刊金曜日」(金曜日)のインタビューでこのように語っている。

「海上保安庁と対峙している緊迫感は、そこにいないとわからない。キャンプ・シュワブのゲート前にいる人にも伝えにくい。インターネットで映像を見れば状況はわかるでしょう。しかし、波の荒い大浦湾で、海保に転覆させられる危険性と隣り合わせの現場の感覚は伝わらない」
「私は沖縄島の北部・ヤンバル生まれでここが故郷なんです。小説家だから反対運動をやっているのではなく、一人の住民としてやっている。北部に基地が集中したら10年後にどうなるか。日本の中で沖縄が取り残され、沖縄の中で北部が取り残される。構造的差別の縮小再生産が北部で起きるんです」(「週刊金曜日」15年5月15日号)

 本土による沖縄差別は、沖縄の中でも差別を生み出している。補助金でカネ漬けにすることで、基地の危険にさらされ続ける沖縄に構造的な内部対立をつくるのだ。目取真氏は、著書『沖縄「戦後」ゼロ年』(日本放送出版協会)のなかで、1988年、目取真氏が辺野古の中学校で補充教員を務めていたときの出来事を語っている。

〈今日で補充教員が終わるという日に、こういうことがありました。放課後、机の片づけをしているときに、教員室で教頭と校長が話をしているのが聞こえてきました。ひとりの生徒がフェンスの金網の破れ目から米軍演習場に入り、機関銃の標的の所から銃弾を拾って家に持って帰った。それが家族に見つかって学校に連絡があり、どうしようか、と相談していました。もし、生徒が入っているときに射撃演習が行われていたら、大事故になりかねませんでした。その場には何名かの教師がいましたが、とにかくマスコミに知られてはいけない、絶対に口外しないように、と校長が教師達に指示しました。
 校長や教頭の話を聞いていると、学校の施設も米軍基地関連の補助金で作られているものがある、と防衛施設局との関係を気にしていました。そのとき、大きな"歪み"を意識せずにはおられませんでした。本当なら、むしろマスコミに明らかにして、生徒が入り込むような演習場の危険性を告発するのが、教育者としての校長の役割だったはずです。しかし、彼はそうしなかった。マスコミに知られて問題が大きくなり、補助金に支障が出ないかという意識が彼を縛っていたのです。近くで聞いていたほかの教師も誰も校長に反論しなかったし、私にしても、何もしないで学校を去りました。補充教員を今日で終わる自分が口出しはできない、と自己合理化して。〉

 目取真氏は、基地の被害も地域社会でより弱い立場にある者がより大きな危険にされられると書いている。それは、本土決戦の「捨て石」とされた沖縄戦でも同じだった、と。だが、本土の人々はそうした現実を見ないばかりか、政府による"沖縄いじめ"に加担すらしてきた。

〈日本のために沖縄が犠牲になるのは仕方がない。金のために沖縄県民は基地を受け入れたじゃないか。差別意識丸出しの本音を恥じらいもなく口にするヤマトゥンチューが最近は増えています。(略)ヤマトゥの都合に合わせて振り回されても、いつまでもウチナンチューがおとなしく従順であるはずがない。〉(前傾書より)

 この『沖縄「戦後」ゼロ年』が出版されたのは2005年のことだ。それから10年が過ぎた。だが、この本土による沖縄の構造的差別は、解消されるどころか、安倍政権になって苛烈さを増している。

 周知の通り、沖縄県では一昨年の知事選で辺野古移設反対と「オール沖縄」を掲げた翁長雄志氏が圧勝。しかし、翁長氏が知事就任のあいさつに永田町を回った際、菅義偉官房長官ら幹部は誰も会おうとすらせず、15年になっても新年度予算の申請で上京したときにも自民党の会合への出席を拒否され、関係閣僚との会談もできなかった。

 目取真氏は昨年、朝日新聞のインタビューでこのように語っていた。

「自民党にも、昔はもっと歴史を肌で知る政治家がいました。戦争で沖縄に犠牲を押しつけた、という意識を心のどこかに持っていた。それがいまでは、歴史認識も配慮もない。基地を押しつけて当たり前という、ものすごく高圧的な姿勢が中央に見えます。沖縄の保守の人さえそう話す。これじゃあ付いていけない、と思う人が出て当然でしょう。政治が劣化しています」
「安倍晋三首相が沖縄県民の代表である翁長知事に会うことすら拒んでいるのは、権力による形を変えた暴力です。暴力が横行する事態を避けるため築いてきた民主主義というルールを、いま政権が自らの手で壊している。そして、憎悪と怒りを沖縄じゅうにばらまいています」(朝日新聞15年3月13日付朝刊)

 そして安倍政権による暴力的なまでの沖縄差別は、昨年、辺野古沖の埋め立て承認取り消しを巡って、国が翁長知事を訴えるという異例の事態へと発展。この訴訟は先月に暫定的な和解案を国がのむ形になったが、その暫定案も「国が工事を停止して代執行訴訟を取り下げた上で、代執行より強制力の低い手続きを踏んで再度、県に是正を求めるという内容」(琉球新報16年3月5日付)だ。

 安倍首相は「辺野古移設が唯一の選択肢という考え方に変わりはない」と述べており、今後も機を見てさらに強権的な"沖縄いじめ"にでることは間違いないだろう。

 事実、安倍政権は"実力部隊"を動員して、強引な"反対運動つぶし"を仕掛けている。昨年11月には東京・警視庁の機動隊約150名を投入。辺野古警備に県外から100人超の部隊が投じられるのは史上初のことで、その中には、国内デモの鎮圧などの実績がある「鬼」と呼ばれる第四機動隊も含まれていおり、実際、けが人や逮捕者を出した。

 逮捕の手法も明確な不当逮捕が続いている。たとえば3月17日には、キャンプ・シュワブのゲート前で抗議活動を行っていた男性を県警が逮捕したが、沖縄タイムスによれば、これは男性が持っていたプラカードが県警の隊員に接触したことが公務執行妨害になるとして現行犯逮捕されたものだという。明らかに恣意的な不当逮捕としか言いようがない。

 今回の目取真俊氏の逮捕も、不当逮捕、見せしめ逮捕と考えて間違いない。報道によれば、目取真氏はカヌーでの抗議活動の最中、浅瀬で米軍に拘束され、8時間の拘束ののち、引き渡しを受けた海上保安本部が日米地位協定にともなう刑事特別法違反の疑いで緊急逮捕された。

 辺野古海上で米軍が反対活動を行う市民を拘束したのも、海保が刑事特別法で逮捕したのも、初めてのことだ。

 毎日新聞の報道では、関係者は米軍による目取真氏拘束の理由を「施設や本人の安全性を懸念した」と語っているという。しかし、琉球新報によれば、当時、目取真氏はほかの4名と共に抗議を展開しており、メンバーのひとりが浅瀬でカヌーを浮具の内側に入れようとしたところ、陸上から駆け付けた米軍警備員が拘束しようとした。そして、これを止めようとした目取真氏に対して、警備員2名が体を掴んで引きずっていったという。

 つまり、目取真氏らはなんら危険性を感じさせる行為をしていない。「施設や本人への安全性」というのは名目で、緊急逮捕は反対活動の萎縮を狙ったものではないかとの疑念はぬぐえない。

 昨年末に沖縄を取材したフリージャーナリストの木佐美有氏は、東京新聞のインタビューに対し、印象的だったものとして、「機動隊員や海上保安官の目だ。二十代、三十代の機動隊員らは、感情を表に出すことを禁じられているような無表情で、工事車両を止めようと座り込む市民を排除していた」と述べている(16年2月14日付)。実力部隊によって冷徹に市民を制圧し、不当逮捕を繰り返す安倍政権の暴挙を放置することは、沖縄差別を助長するだけでなく、かならず本土の人々にも跳ね返ってくる。決して看過してはならない。
(宮島みつや)