紗倉まな公式ブログより

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 現役AV女優としては初の小説である紗倉まなの『最低。』(KADOKAWA)が話題だ。

 紗倉といえば、数々の連載や昨年出版した自伝エッセイ『高専生だった私が出会った世界でたった一つの天職』(宝島社)で、その文才は高く評価されていたが、今作については、日刊SPA!のインタビューで「(エッセイは)明るい内容だったので、今回は業界のダークサイドを書きたかった」(日刊SPA!)と語っている。

 そこで、紗倉が体験したAV業界のダークな裏事情が赤裸々に暴露されているのか、と読んでみた。

 だが、読み進めているうちにそんなゲスい好奇心はどこかに消し飛んでしまった。とにかくうまい! そして深い! 読み終えた後、思わずこうつぶやいていた。

 これは、AV女優が書いた『火花』じゃないか!

 4人のAV女優をめぐる4つの短編からなる今作。業界暴露でもなければ、自分語りでもない。これまでメディア上で描かれてきた「AV女優」像、たとえば男にだまされたり搾取される被害者、セックス大好きの淫乱、裏返しとしてピュアで聖なる存在、あるいは過剰な承認欲求に突き動かされるメンヘラ女性......紗倉が描いたのは、そういう類型的なAV女優のよくある荒んだ設定の物語ではない。

 1章の「彩乃」。彩乃は、19歳でAV出演を決意した女性の物語。設定的には、18歳でAV女優となった紗倉自身にいちばん近い女性だが、たとえば、彩乃がAVの世界に身を投じ初めて挑んだ撮影は、こんなふうに描かれる。

〈彩乃の谷間に垂れた唾液が、光を跳ね返した。
 息つく間もなく、ゆっくりと後ろから男優のそそり立ったあれが入って来る。規則的な相手の振動に揺れ、彩乃は接合部をはずさないように、慎重に振り返った。レンズがそこにある。幾重にも重なるその構造に見入っていると、映り込んだ自分の目がこちらを、ぎょろり、と睨んでいた。あれ、わたし、こんなん、だっけ。口元を溶かすようにやわらげ、にこっと、映像向けの如才ない顔を作った。
 カメラの先に括りつけられた円盤形のタングステンライトが顔に近づくと、すこし熱を感じる。微かに開かれた(監督の)坂井の口元が、いいよ、と動いた。
「もっとアドリブでセリフを言っていいよ」
 数分前、坂井にそう耳打ちされたのだ。
 突き上げられ、下腹部に圧迫されたふくらみを感じて、あっ......と、彩乃はさらに声を荒立てる。だんだん急ぎはじめた男の波に、打ち付けられるように、揺れた〉

 こうして描かれる撮影シーンだが、撮影が終わった後「痛くなかった?」と彩乃を気遣うベテラン男優に対し、紗倉は彩乃の心理をこう描写している。

〈「年間に一千万人の女性と絡んだことを誇らしげに語る──確かに的確な仕事はしているものの、そこに気持ちよさを与えていない瞬間もあるということには無自覚な男の──日に焼けた指先を彩乃はじっと見つめた。爪は丹念に磨き込まれていて、マニュキアのトップコートを塗っているような、つるつると滑らかな仕上がりだった。深爪をしているのではないかと思うほどに白い部分のないその先端には、彩乃の愛液がねちっこくまとわりついていた。つい目をそらす」〉

 だが彩乃は、そんなホンネとは違う言葉を口にする。

〈『わたし、鉄マンなんで大丈夫です』〉

 紗倉自身はどんなハードな撮影でも快くこなすことで知られるが、ここで描かれているのは、平気で受け入れているわけでもなく、ただ耐えているのともちがう、心の動きだ。

 紗倉は一貫して、彼女たちの感情の動きを白黒ハッキリしたわかりやすい感情に回収しない。

 それは、この作品のトピックともなっている「親バレ」についても同様だ。1章の主人公の彩乃は親バレし、もともと折り合いの悪かった母親と絶縁寸前のケンカをする。紗倉自身は、18歳になったとき母親に認めてもらったうえでAV女優になっており、自らにその体験はない。しかし、このAVの仕事につきものである「親バレ」をめぐる感情を、認めるか認めないか、知られたいか知られたくないか、といった紋切り型でない、繊細なタッチで描き出す。

 そして、彼氏との関係についても、これまでのAV語りとはまったくちがう描き方をしている。

この第1章では彩乃にとって、はじめてふつうのサラリーマンとの恋愛だという、編集者・日比野との恋愛の始まりが描かれるのだが、自分のAV女優という職業について日比野がどう思っているのか、彩乃はこんなふうに考えを巡らせるのだ。
 
〈そういえば、日比野との間で彩乃のささくれだった部分に触れるような話題というのは一切出ないのだった。わたしがどんな仕事をしているのか、この人は気にならないのだろうか。不思議に思うことすらあったのだが、聞かれないのなら聞かれないで気持ちが楽、というわけでもないのが彩乃にとって複雑なところだ。......仮に。彩乃の表の顔を剥ぎ取ると出てくるAV女優という素性を日比野がすでに知っていたとき、自分は彼の親切心を気持ちよく受け取ることができるだろうか。〉

 もうひとつ、紗倉のこの小説に出てくるAV女優が特徴的なのは、異物ではなく、"ふつうの女性"と地続きの存在であることだ。

 たとえば、3章の主人公「美穂」は、セックスレスの専業主婦。夫のアダルトビデオを見てAV女優に応募する。

 AV女優になりに行く新幹線の車中で、窓から山を包む霧を眺め、美穂は死んだ父親が好きだったいわさきちひろの絵本を思う。

〈触れた瞬間に消えてしまいそうな繊細なタッチが、自分の心と似ているような気がした。車窓から見渡す景色は、めくられた絵本のなかのように幻想的だった。子どもが生まれたら読ませてあげようと、そういえばリビングの棚の奥に閉まっていたんだっけ。あの、明るくて希望に満ち溢れた輝きをもつ大きな瞳の女の子たちが、息をひそめて、誰にも触れられることのない場所で重なり合っている〉

 AV撮影といわさきちひろの絵本。一見かけ離れたふたつが、するっと共存している。しかも、並の作品だったら、いわさきちひろ的なものは、これから失われる何かを象徴しそうなところだが、美穂のなかのいわさきちひろ的なものは、失われるのではない。これから、開かれることを予感させるのだ。

 旅館の露天風呂で〈背後から、見知らぬ男に「お義母さ、ん」と必死に呼ばれ続けられていた。──どこか、懐かしい匂いがする。「いいのよ」と返すが、なにがいいのかなんて、実際にはよくわかっていない(略)押し寄せる波にただ耐えているうちに、疑問は悦楽に変化して──ふと健太の顔がちらついたけれど──後ろめたさはどこか遠くにぽいっと投げ捨ててしまったようだった〉

 翌日帰宅した美穂は、夫に数年ぶりのセックスを請う。お互いの身体をなぞりあい、夫のリクエストで互いにオナニーを見せ合い、久しぶりのセックスをする。

 しかし美穂は夫とのセックスのある日常に帰還するわけではない。夫とセックスしたあとAVプロダクションの石村からメールが届いているのを確認し、また次の撮影の予定を立てる。

 ごく普通の地味な専業主婦がAV女優となることで、抑制していた自己をささやかに解放してゆく様を繊細に描いた紗倉だが、4章の「あやこ」では、母親が元AV女優の少女を主人公に、「AV女優」を辞めた後のシビアな問題につっこんでいる。

 主人公のあやこは、元AV女優を母にもつ少女。紗倉はAVが〈風俗と決定的に違うのは、作品として後世に残ってしまうこと〉だというが、AV女優が子どもを生み、将来子どもがその事実を知ったとき、その子はどうなるのか。親バレならぬ「子バレ」を真正面から描いているのだ。

 元AV女優でシングルマザーの孝子はろくでなしの母親だ。あやこの育児は自分の母親に任せきり。かといって外で仕事をするわけでもなく、一日中ダラダラしているだけ。あげく中学生になったあやこが得意の絵で大きな賞を受賞し注目を集めたことをきっかけに、母親がAV女優だったという噂が学校中に広まり、いじめられてしまう。

 母親・孝子の描かれ方は辛辣だ、しかも孝子の内面は一切語られない。なぜAV女優になったのか、言い訳も謝罪も後悔があるのかないのかも。

 社会学者の鈴木涼美が『AV女優の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)という本を出版しているが、メディア上に登場するAV女優=自分語りのイメージとは対照的だ。この元AV女優の母親が何を考えているのかは全然わからない。

 ただ、喫茶店を切り盛りしながら自分をあたたかく育ててくれた祖母のことより、あやこは、このだらしない母親のほうを明らかに愛し、リスペクトしている。祖母が愛しているのも、健気な孫より、「いんらんな」娘のほうだ。

 この空っぽな元AV女優の母親から、あやこが受け取めているのは、紋切り型の自分語りでは決して語られることのない何か。

 紗倉がダークサイドと言ったのは、わかりやすい業界の裏側や転落話ではなく、おそらく自分もふくめAV女優たちの自分語りでも開陳されていない、もっと内面の奥に踏み込む、という意味だったのだろう。

 冒頭で、これはAV女優が書いた『火花』じゃないか、と言ったが、ひょっとしたら、その文学性は『火花』より上かもしれない。とくに、4編ともラストは『火花』よりもずっと鮮やかだ。

 あまりのクオリティの高さに、本当に本人が書いたのか、ゴーストじゃないのかと、詮索する向きもあるようだが、それはあり得ないだろう。AV女優をその内面も含めここまで批評的に描きながら、物語としても成立させる。文才だけでなく、紗倉の、AV女優という仕事に対する冷静な観察眼と愛情がなければ、成立しない。

 おそらく、紗倉の才能をもってすれば、これからもきっとクオリティの高い小説を書き続けることができるだろう。あとは、出版社や編集者の姿勢だ。次は「AV女優の書いた小説」という安易なセンセーショナリズムに頼らない、紗倉の小説家としての可能性を引き出すような作品の発注をしてほしい。
(酒井まど)