「科学はクリエイティヴだ」と伝えるために、教育にできること

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もしあなたが教師で、自らの教え子たちが「科学」をつまらない実験の繰り返しだと思っているなら。あるいは我が子が自分は科学嫌いだと言い張るのなら。科学が人生にもたらす意味と、そのプロセスの創造性について教えてあげて欲しい。

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学生たち、それも科学を専攻していない学生が必須科目として科学の授業を受けるのには理由がある。惑星の名前やどの植物が食べられるのかを学ぶためではない。それは、“科学の性質”を理解するのに役に立つからである。

科学とは“クリエイティヴなプロセス”である

科学の歴史における、いくつかの例を挙げていこう。

アインシュタインは曲がった時空を用いて、重力を説明したオイラーとラグランジュは、最速降下線の問題(2点間を最短時間で移動する道筋)を解決するために変分法をつくったシュレディンガーは、量子力学で使用するために、波動方程式を生み出したボーアは、水素ガスからつくられた輝線スペクトルを説明するために、原子模型を作成した

個人的な意見ではあるが、科学というものをかんたんにまとめるなら「科学とは模型の作成である」といえる。物質的な模型でも、数学的模型でも、さらに言えば概念的模型でも構わない。その模型が現実と一致するなら素晴らしいし、実験が模型と一致しないならそのモデルを変更していかなければならない。それだけのことだ。

科学におけるクリエイティヴな部分が、この模型の作成というプロセスにある。実験するには模型をつくる必要があるが、模型屋には売っていない。だから、自分で作成しなければならない。

最初につくる模型は、それは酷いものかも知れない。が、とにかく始めなければならない。模型をつくったら、それを実験する必要がある。実験は、時には分かりやすいものかもしれない。しかし、そうでない時は、データを回収するやり方にクリエイティヴィティが必要だ。科学者は、創造的でなければならない。

多くの人が「退屈なプロセスに従うのは好きじゃない」と言うのを耳にする。もちろん、科学には過程がつきものだ。しかし、それは科学の主たる目的ではなく、科学者たちはほかの誰かが得た結果を再現するために、過程に沿うのである。

そして過程とは、野生への地図のようなものだ。未知の世界を探求したければ、まず最初に野を行く道に従って歩きはじめて、それから地図にない場所へとたどり着くのだから。

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だけど、科学の授業はクリエイティヴではない!?

クリエイティヴィティと科学にまつわる問題は、科学の授業に起因するのだろう。例えば化学の実験室で何をするかというと、ゴーグルと安全靴の装着を確認して、コンマ数ml単位で水を計量して溶液に加える。そんなことばかりだ。それから説明、説明、説明…。学生たちが科学に創造性がないと思うのも無理はない。

しかし、待って欲しい! 実験室では十分な説明がなければ、学生たちが失敗するのは目に見えている。ひどければケガをしたり、さらにひどい場合は、単位を落とすことにだってなる。それに、われわれ指導者たちが説明し過ぎるのは、化学実験だけでなく物理学や生物学でも同じだ。

問題は、学生たちを“野生”に連れ出したいが、時間がかかるのだ。地図があっても、何かいい結果を得るためには、授業を4年間受けなければならないことだってある。

クリエイティヴィティを、どう評価するか

実験方法に従っているかどうかを評価するのは簡単だ。同様にアートにおいても、ある芸術作品を複写させてどれだけ原作に近いかを評価する方が簡単だ。科学は、芸術と同じように見なされるべきなのだろう。どちらも、学生たちが真のクリエイティヴィティを発揮する必要があるという点で共有しているのだから。

学生たちは、はっきりした正解や決められたプロセスがないことを嫌う(この場合のプロセスとは“最初の模型”をつくるプロセスを含まない)。彼らに歓迎されるかどうかはわからないが、科学において、人は物をつくらなければならないのである。

最後に。基礎物理学の授業にクリエイティヴィティを取り入れるための、かんたんな方法がある。それは、学生たちに何かをつくらせること。ここでわたしが言っているのは、学生たちにコードを使って数値モデルをつくらせる、ということだ。

これはぜひとも、あなたの授業でも試してみてほしい。学生たちは最初は少々慎重に構えるが、ひとたび何かをつくり始めると、素晴らしい結果が得られる。評価もしやすい。

わたしは、学生たちに数値計算をさせ、彼らのプログラムがどのように作動し、何を得ることができるかを示す5分間の短いスクリーンキャストをつくらせた。クリエイティヴであるだけでなく、数値計算を使用した、立派な現代科学だ。物理学の授業に、コーディングを使用すべきだ。そして、再び科学をクリエイティヴなものにしようではないか。