マリア・シャラポワは1987年4月19日、ロシア・西シベリアに位置するチュメニ州ハンティ・マンシ自治管区・ニャガン市出身の28歳。もうすぐ29歳の“女盛り”。
 4歳でテニスを始め、6歳で当時“女王”の名をほしいままにしていたマルチナ・ナブラチロワに師事。9歳でアメリカに渡り、後に錦織圭も学ぶ『IMGテニスアカデミー』で腕を磨いた。
 そして'01年にプロ転向。'04年、17歳でウィンブルドン選手権初優勝。'05年に初の世界ランキング1位になった頃から“ロシアの妖精”の異名を持つようになった。
 「188センチ、58キロとモデル顔負けのプロポーションと美貌から、“ロシアの妖精”と呼ばれるようになったのです。しかも“強い”のですからスポンサーがつかないはずがありません。ファンも一気に増えました」(前出・テニスライター)

 シャラポワは'14年にフェイスブックのファンの数が1500万人を超え、男女のテニス選手で“最多”を記録するなど、コートの外でも大きな影響を与えてきた。
 「明石家さんまが“永遠の夢”としてよく話すのが“ウィンブルドンのセンターコートのファミリー席にすわること”なんです。それを17歳で達成したのですから、親孝行な娘でもあるわけです」(テレビ局関係者)

 '12年には全仏を制し、悲願の生涯グランドスラムを達成し、人気を不動のものとしたシャラポワ。
 「人気の秘密はプレー以外にもあるんです。テニスウエアから浮かび上がる透け乳首やバナナを食べる口…。スコートの下に見える“ワレメの筋”などエロい部分で、男性ファンをフル勃起させてしまうんです」(写真誌カメラマン)

 そして、ボールを打つ時に出す甲高い声。
 「あれはズバリ、セックスをしている時の声を連想させますね。“挿入”したらあんな声を上げてヨガるんじゃないかとね」(ワイドショー関係者)

 日本で行われた大会でもよく“声”を出していたのは記憶に新しいところ。
 「日本食では、しゃぶしゃぶと抹茶アイスが大好きですが、松岡修造は嫌いです。件の声を“野獣のような叫び声”と評され、機嫌を損ないました」(前出・テニスライター)

 そこで気になるのが、シャラポワのプライベートでの下半身。
 8年ほど前、〈マリアは叫ぶ人じゃなかった〉と、イギリスの大衆紙『サン』でシャラポワの性癖を暴露したのが、ロサンゼルス出身で当時人気のバンドグループ『マルーン5』のボーカルだったアダム・レヴィーン。
 「彼女が“セックスの間、全然声を出さない”“まるで死んだカエルみたいに寝転がっているだけ”など告白したのです。ちなみに“死んだカエル”とは、日本の俗語で言うところの、いわゆる“マグロ女”のことだと思います」(芸能レポーター)

 しかし、こんな見方をする声もあった。
 「それはアダムが“ナマ”を拒否したからです。彼女は“子作り願望”が強く、交際相手には常に“中出し”を求める噂がありました。アダムにキレた彼女が“マグロ”になっていただけだと思います」(芸能ライター・常山洋氏)

 その他、現在世界最強のテニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチやプロバスケット選手のサーシャ・ブヤチッチとの仲が取り沙汰されたが、いずれもゴールインには至らなかった。
 「ブヤチッチとは婚約までしましたが、収入からくる“格差”が災いして破局してしまいました」(プロテニス関係者)

 さて、今後のシャラポワだが。
 「テニスができなくても、当面、お金に困ることはないでしょう。でも、もしそうなったら“パイパンFカップヌード写真集”を出せばいいんです。ロシア人女性は9割以上がパイパンと言われています」(大手出版社幹部)

 これなら、声を出さなくても世界中の男たちを“イカせる”ことができる!