第59回:優勝36回

大相撲春場所(3月場所)で、
36回目の優勝を飾った横綱。
史上最多優勝回数を更新したあと、
目標としてきた記録を遂げた
横綱がその心中を語る――。

 大相撲春場所(3月場所)が終了しました。

 この場所の最大の目玉は、大関・琴奨菊の綱取りでした。初場所(1月場所)での初優勝後、自身の結婚披露宴や優勝パレードをこなし、他にも数多くのイベントにも引っ張りだこだったものの、琴奨菊はそんな疲れも見せず、初日から4連勝。これは「いよいよ(綱取り)か」と思わせました。が、終盤になって息切れ。ファンの期待も膨らんでいただけに、残念でした。

 それでも、32歳になってなお、力をつけてきている琴奨菊。これから、まだまだチャンスはあると思います。

 一方、琴奨菊の初優勝で目覚めたのか、今場所大いに奮起したのが、大関・稀勢の里でした。

 ここ数年、毎場所のように優勝候補に挙げられ、しかも「日本人で最も横綱に近い男」と言われていた稀勢の里。にもかかわらず、その期待になかなか応えることができませんでした。そうこうしているうちに、先の場所では日本人としての"主役の座"を琴奨菊に取って代わられようとしたのです。それで、さすがに燃えないわけにはいかなかったのでしょう。

 そして場所前には、稀勢の里が精力的に稽古をこなしている、という情報が私のところにも伝わってきました。その結果、本場所が始まると、10連勝の快進撃。最後まで優勝争いを演じました。今年は再び、綱取りを待望する声が大きくなっていくでしょう。

 先場所4勝11敗と負け越し、カド番というピンチを迎えていた大関・豪栄道も、地元・大阪の場所で躍動。その地元の大声援を受けて、11日目を終えて1敗と優勝争いに絡む活躍を見せてくれました。

 実力がありながら、大関昇進後は思うような成績が残せなかった豪栄道。彼もまた、春場所を前にして、何か心に期するものがあったのでしょう。今後もこの調子を維持して、さらに上を目指してほしいと思います。

 豪栄道と同じく大阪出身で、少年時代は豪栄道と同じ相撲道場で稽古に励んでいた前頭4枚目の勢も、初日から7連勝という目覚しい活躍ぶりを披露しました。地元・大阪のファンの声援は、それほど心強く、豪栄道や勢にとっては大きな力となったのでしょう。

 さて、肝心の私は、初日に小結・宝富士に敗れて黒星スタートとなってしまいました。

 実はこの春場所から、私の所属する宮城野部屋の大阪宿舎が、堺市から大阪市天王寺区の上本町というところに移転しました。以前より、春場所が行なわれる会場に近く、周囲にも各相撲部屋が多く点在しているところです。そうした環境を生かして、場所前には時津風部屋や九重部屋など、積極的に出稽古へと出かけていきました。

 九重部屋の師匠は、言わずと知れた大横綱の千代の富士関です。そんな師匠の鋭い目が絶えず光っている九重部屋の稽古場は、非常に緊張感があふれていましたね。ゆえに今、九重部屋には千代大龍、千代鳳など、最多6人の関取衆がいます。そのうえで、押し相撲の力士が多く、充実した稽古をすることができました。

 また、その際に驚かされたのは、師匠自らまわし姿になっていることでした。同時に、還暦を迎えているにもかかわらず、現役時代を彷彿とさせるあの筋肉質の体を維持していることにも衝撃を受けました。おかげで、私自身、改めて身を引き締めることができました。

 そうして十分な準備を整えて、初日を迎えるにあたっても、万全を期すことができたと思いますが、やはり相撲とは難しいものですね。

 とはいえ、2日目の琴勇輝(前頭筆頭)戦からは、なんとか気持ちを切り替えることができました。この勝利で、横綱在位中の勝ち星が671勝という最多記録を達成し、少しずつ自分のペースをつかんでいけたように思います。結果、7日目には通算勝利数で大潮関に並ぶ歴代3位タイ(964勝)となるうれしい記録を遂げることもできました。

 横綱という存在は、常に優勝争いに絡む戦いをするべきものだと、私は考えています。そのため、優勝を重ねていく中、そのときどきで目標を設定して相撲を取ってきました。次は朝青龍関の優勝回数を目指そう、次は千代の富士関の優勝回数に届くようにがんばろう、といった具合です。

 そこで、大きな壁になったのが、昭和の大横綱・大鵬関の優勝32回という記録でした。その記録に追いつき、超えるまでは、本当に苦しい日々を重ねてきました。だからこそ、昨年その大記録を更新したときは、とても感慨深いものがありました。

 大きな壁を超えたあとは、やや緊張の糸が途切れてしまった感もあったのですが、すぐに新たな目標を定めることができました。それは、父の記録です。

 モンゴル相撲の横綱だった父は、「ナーダム」と呼ばれるモンゴルの全国相撲大会で6度の優勝を果たしています。ナーダムは、年に一度の開催です。それを単純に、1年に6場所ある大相撲で換算すると、36回優勝したことになります。つまり、私も通算36回の優勝を果たせば、「父に並ぶことができるのではないか?」と考えて、偉大なる大鵬関の記録を超えたあとは、その記録を目指してきました(※参照。2015年3月18日配信「史上最多優勝を遂げた横綱が次に狙う『記録』」)

 それもまた、決して簡単なものではありませんでした。昨年7月の名古屋場所(7月場所)で35回目の優勝を果たして、モンゴル人力士の大先輩・旭天鵬関の引退の花道を飾ることができたのですが、翌秋場所(9月場所)は横綱になって初めての休場。以降、なかなか万全な体調で場所に臨むことはできませんでした。

 ただそんなとき、その姿を見た旭天鵬関に、「僕が横綱に無理をさせたんじゃないかなぁ......。なんか、責任を感じちゃうな」などと言われてしまいました。大先輩に、そんないらぬ心配をさせてしまったことは、本当に心苦しかったですね。そこからは、もう一度気合いを入れ直して、旭天鵬関の引退相撲が行なわれる5月の夏場所(5月場所)までには、36回目の優勝を飾ろうと、強く決心しました。

 そして、ついにこの春場所で目標を達成できました。先にも触れましたが、前半戦は琴奨菊をはじめ、稀勢の里、豪栄道の3大関が元気で、後半戦に入ってからも稀勢の里、豪栄道らが優勝戦線を引っ張ってくれました。そんな彼らのおかげで、私も気持ちを切らさずに最後までがんばることができたんだと思います。

 悔いが残るのは、最後の一番です。1敗で迎えた千秋楽では、いろいろな意味で優勝にこだわる気持ちが強く出てしまったのかもしれません。結びの一番で、あのような相撲を取ってしまったことは、ファンの皆様には本当に申し訳なく思っています。自分自身、悔しい思いでいっぱいです......。

 36回目の優勝を遂げた今、新たな目標としているのは、通算1000勝という数字です。これまで、1000勝以上している力士は、現浅香山親方の魁皇関(/1047勝)と、現九重親方の千代の富士関(1045勝)のふたりしかいません。なんとか、追いついてみたいな、と思っています。

 さて、4月3日の三重県・伊勢神宮奉納相撲から、大相撲春巡業が始まります。4月20日の富山県富山市の巡業まで、全国16カ所を回ります。お近くにお住まいの方には、ぜひ足を運んでいただければと思います。ファンのみなさんと直接触れ合えることを、私たち力士も楽しみにしております。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki