日本の待機児童問題は多くの中国人にとっては「あまりピンとこない」という。そこにある“文化の違い”とは?

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「保育園落ちた日本死ね!」という匿名のブログが発端となり国会でも取り沙汰されている待機児童問題。

厚労省はこれまで待機児童の数を全国で約2万3千人と公表してきたが、「潜在待機児童」(入所可能な施設はあるが、別の認可保育所を希望しているなど様々なケース)の数は、全国で約6万人にもなるという。

「週プレ外国人記者クラブ」第27回は、自身も子育て中の香港・フェニックステレビ東京支局長、李(リ・)ミャオ氏に話を聞いた。

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─李さんご自身も現在、日本で子育て中。ジャーナリストとして、母親として、待機児童問題をどう捉(とら)えていますか?

 この問題について、ちょうど昨日(3月23日)から自分のブログを使って中国に住む子育てママたちの意見を集め始めたところです。今のところ60人程度から回答を得ていますが、日本で問題となっているような状況は中国では見当たらないように思います。

中国では、3歳未満の子供を預かってくれる(公的)施設はありません。子供が3歳になると日本でいう保育所や幼稚園のような施設に通わせますが、これには公立と私立があり、日本と同じように私立に通わせる場合には一般的に親の経済的負担は大きくなります。

しかし、私が集めた回答では「子供を預ける施設が見つからなかったために母親が仕事に就けない、あるいは仕事を辞めなければならない」というケースはありませんでした。中国人にとってこの問題は「あまりピンとこない」というのが正直な感想で、その根底には両国の「文化の違い」があるのだと思います。

というのも、中国ではおじいちゃん、おばあちゃんに子育てを手伝ってもらうのが一般的です。どうして日本人は、もっと祖父母の力を活用しようとしないのか、中国人は不思議に思うことでしょう。

子供の父親、母親が地方から東京に出て仕事をしていて、子育てを手伝ってもらうために郷里から祖父母を呼び寄せることは経済的に難しいという事情もあるでしょう。しかし、中国でも北京や上海のような都会には内陸の農村部から多くの人たちが働きに出てきていますが、そういった家庭でも祖父母を呼んで子育てを手伝ってもらうのは普通です。

―日本ではなぜ、それができないのだと思いますか?

 「人に迷惑をかけない」ことが、日本では美徳のひとつとされているように思います。郷里から祖父母を呼び寄せる経済的負担とは別に、祖父母に対して「自分たちの子育てのことで迷惑をかけたくない」という意識があるのではないでしょうか。また、祖父母の側にも「息子や娘の子育てに口出しするのは控えよう」という遠慮があるのかもしれない。親子の関係であっても互いのプライバシーを非常に強く尊重するのが現代日本の風潮だと思います。

一方、中国では何よりも「親孝行」が大切な道徳とされています。そして、祖父母にとっても孫の面倒をみることは大きな喜び。つまり、祖父母を郷里から呼び寄せて子育ての手伝いをしてもらうことは親孝行でもあるのです。

中国で内陸部から都会に出稼ぎに来ている人たちにとっては、祖父母を呼び寄せることは経済的にも住宅事情の面でも、日本同様、大きな負担です。それでも中国で待機児童の問題が騒がれない背景には、こういった文化の違いがあるのだと思います。

―中国では日本よりも男女平等の社会が実現しているとされていますが、夫の育児参加についてはどうなんですか?

 育児や家事を夫婦で平等に分担するのは、中国では当たり前のことです。日本でも最近、「イクメン」という言葉が出てきたように夫の積極的な育児が注目を集めていますが、それは男性が育児に参加してこなかったことの裏返しでしょう。実際、家庭における夫の家事・育児の分担率では、世界との比較で日本は非常に低い位置にあるというデータもあります。

─先日、自民党の務台(むたい)俊介衆議院議員が、「『保育所落ちた』という話もあるが、全部便利にしてしまうと、ますます東京に来て子育てをしようということになる。東京にいると、ある程度コストがかかって不便だというふうにしなければダメだ」という発言をしましたが、どう思いますか?

 地方から東京に出て働きながら子育てしようという人を減らそうという主旨でしょうが、地方の雇用問題などを度外視していて、全くの論外ですよね。

─この務台議員の発言に代表されるように、自民党政権には待機児童の問題を本気で解決しようという姿勢が見られません。また、2012年に自民党が作成・発表した「日本国憲法改正草案」の第24条には「家族は、互いに助け合わなければならない」と記されています。「これまで政府が行なってきた社会保障関連の事業を家族の助け合いでカバーしろ」という意図が読み取れます。

 確かに、中国と比べると日本の「家族の絆」は希薄になっているように思いますが、これまで述べてきたように日本の人々にも様々な事情がある。政府がやるべきことを家庭に押しつけようとしているのなら、それも筋違いの論理でしょう。

―では、どんな解決策が考えられますか?

 保育所の数を増やすのも、保育士の待遇を改善するのも財源が必要になりますから簡単なことではないでしょう。しかし、東京で小さな子供を育てている外国人の家庭を見ると、フィリピン人のベビーシッターを母国から連れてきている人もいます。例えば、規制緩和によって外国人ベビーシッターの活用をより広く可能にすることも、現実的で即効性のある選択肢になるのではないでしょうか。

─「保育園落ちた」のブログには、次のような言葉もあります。「一億総活躍社会じゃねーのかよ。どうすんだよ私活躍できねーじゃねーか」と。

 安倍政権は「女性が輝く社会」を政策テーマのひとつに掲げていますが、ここにも日本と中国の文化の違いを感じます。中国では、子育てママが仕事をするのは当たり前なので、政府が掲げる政策テーマにはなり得ません。

私は日本に来て初めて「(女性が)家に入る」という言葉を知りました。また、中国語では妻のことを「愛人(アイレン)」といいますが、日本語では「家人」「家内」ですよね。これは「女性は外で働くのではなく、家の中にいるもの」という日本の伝統的な家族の在り方の表れではないでしょうか。

先日、娘を入学させたいと考えて、ある私立小学校に電話をして、仕事を持つ母親として問い合わせたんですね。「私は仕事をしていますが、そちらの学校には放課後の学童保育のようなサービスはありますか?」と。その返答から「え、働いていらっしゃる? うちの学校はそのような家庭の子供が来るところではありません」といった少し軽蔑を含んだニュアンスが伝わってきました。ここにも、女性の社会進出に関する日本の古い価値観が表れていると感じました。

女性の結婚、出産、子育て、そして社会進出といった問題には、日本と中国の間に大きな文化の違いが存在していると思います。

◆李(リ・)ミャオ

中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應義塾大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年に香港フェニックステレビの東京支局を立ち上げ、現在は支局長。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

(取材・文/田中茂朗)