まだ予選終了まで3分以上の時間が残されているというのに、クルマを降りてしまったメルセデスAMGの両ドライバーの姿を見て、メルボルンのグランドスタンドを埋め尽くした観客たちは呆然と立ち尽くしていた。中には、さっさと観客席を後にする者もいた――。

「こうなることはわかっていたんだ。だけど、観客席で見ていてくれた人たちのことを思えば、これは決して正しいことじゃない」

 予選3位のセバスチャン・ベッテルは言った。

 メルセデスAMG勢に対抗することができないと悟ったフェラーリ勢は、5位以下のノックアウトが確定した残り7分の時点で、「もうコースインはしない」と早々に決めた。予選直後の記者会見だというのに、彼らはもうレーシングスーツから私服に着替えてやってきたほど時間があった。チーム代表のマウリツィオ・アリバベーネは、テレビカメラに向かってピットウォールで大袈裟に肩をすくめて見せた。

 フェラーリにとってみれば、最後までアタックができない「不完全燃焼の予選」だった。そしてそれは、ほぼすべてのドライバーたちに言えたことだった。

 2016年シーズン開幕直前の3月4日になって導入が決まった新たな予選フォーマットは、当初から批判の声だらけだった。

 Q1、Q2、Q3の各セッションの開始数分後から、1分半ごとにその時点で最下位のドライバーが自動的にノックアウトされていくという、前代未聞の方式――。

 手に汗握るような、テレビ的な盛り上がりを期待してのアイデアだったのだろうが、F1のタイヤ特性を考えれば、最初に最速タイムが出て、その後はそれを更新することはできない。つまり、何分ごとに切り捨てられようが、最初のアタック以上にタイムを上げることはできず、順位は変わらないのだ。

 唯一の方法は、2セット目の新品タイヤを使ってもう一度アタックをすること。

 しかし、コースインして1周してタイムアタックに入り、タイムを記録するまでには2周分プラスアルファ......およそ3分前後の時間が必要になる(加えて言えば、一般的にピットに戻ってからもう一度コースインするまでの給油やタイヤ交換などの準備には1分ほどを要する。下位チームならさらに時間が掛かる)。つまり、ノックアウトゾーンにいるドライバーがコース上にいなければ、1分半後や3分後を待たずに脱落が決定してしまうのだ。

 また、予選・決勝で使えるタイヤのセット数には限りがあり、いくらでもタイムアタックができるわけではない。それも、2回目のタイムアタック回避の傾向を強くした元凶のひとつだ。

 しかし最大の問題は、「まだタイムアタックをしたい」というドライバーがいて、さらに好走が見られる可能性があるのに、終了前にノックアウトしてしまうことで走行のチャンスを奪われてしまうことだ。

 いい仕事をした者が飛躍する仕組みではなく、ミスを犯した者を引きずり下ろすシステム。ミスを犯させようとするシステム。それによって波乱は生じたとしても、そこに真の感動は生まれないのではないだろうか?

「ところでさ、みんなは本当に予選が面白くなると思うかい?」

 予選新フォーマットを巡る議論が旬な話題となっていたオーストラリアGP開幕直前の木曜日、フォースインディアのセルジオ・ペレスはICレコーダーを止めると同時に、その場にいたジャーナリストたちに聞き返した。そして、率直な思いを語った。

「正直言って、僕は間違いなく退屈になると思う。特にQ3はね。逆に、波乱が起きるかどうかという意味では、何も変わらないと思うしね」

 長年にわたって予選の戦い方を分析し、シミュレーションしてきたF1チームは、もちろんこの新フォーマットの予選がファンにとって望ましいものでないことは百も承知だった。メルボルンの予選が盛り上がらず、予選後に批判の声が沸き上がるのは、はっきりと予見していたのだ。

 しかし、3月4日に世界モータースポーツ評議会(WMSC)が承認したこの新フォーマットは、もとをただせばF1チーム代表者で構成するF1委員会(Formula One Committee)で提案され可決されたものであり、"F1チーム発"のアイデアだ。

 では、どうしてこんなものが可決され、WMSCで承認されてしまったのか?

 実は、F1界のボスであるバーニー・エクレストンがQ3進出のトップ8台または10台を逆の順にグリッドに並ばせる「リバースグリッド案」を提唱し、チーム側がそんなトンデモ案を却下するために用意した代替案が、この新フォーマットだったのだという。

 メルセデスAMGの圧倒的な速さのせいで、F1がエキサイティングでなくなってしまったという声が渦巻いているのは事実だ。しかし、対策を打つべきは決勝であって、特段変更の必要性が唱えられていなかった予選に急にフォーマット変更の話が持ち上がったのは、そのせいだったのだ。

 チーム側とすれば、新フォーマットがエキサイティングでなく、退屈なものであることはわかりきっていたことだった。しかし、予選1位・2位のメルセデスAMGが7位・8位グリッドからスタートし、予選8位のフォースインディアやトロロッソがポールポジションからスタートするような、スポーツとしての根幹を揺るがすようなトンデモ案は、なんとしても導入を阻止しなければならなかったのだ。

 メルボルンで実際に予選が行なわれて批判の声が渦巻き、次戦バーレーンGPからはもとの予選フォーマットに戻す――。そこまでを含めて、すべては予見されていた"茶番劇"だったのだ。事実、予選の直後にはメルセデスAMGのトト・ウォルフ代表の携帯電話にバーニーから電話が入り、日曜決勝前に開かれた各チーム代表者による緊急ミーティングでは、バーレーンGPから予選フォーマットを戻すことで合意された。

 しかしその後、急に反旗を翻したチームが現れ、なんと予選フォーマットの変更は見送られることになってしまった。シーズン中のレギュレーション変更には全チームの合意が必要で、「この駆け引きを、まったく別の議題の譲歩を勝ち獲るために使おう」という魂胆だろうが、こうして全チームの足並みが揃わなかったことで、"茶番劇"は本当のドタバタ騒動になってしまったのだ。

「F1の魅力減少」が叫ばれる昨今、スポーツとしての面白さを広め、エンターテインメントとしての魅力を高めるような工夫は歓迎すべきことだ。しかし、今回の茶番劇に端を発した騒動は、F1の品位を貶(おとし)める以外の何の効果も生み出していない。

「トライするのは悪いことじゃないし、誰にだって間違いはある。だけど、僕らには責任というものがある。予選後に観客席にいた人たちがどう感じたかを聞いて、次に向けてどうするべきかを考えるというのが、今、僕たちがやるべきことなんじゃないかな」

 ベッテルがそう言うように、ファンが求める"真の感動"とはどんなものなのか、F1に携わるすべての者が今一度、よく考え直すべき事態に直面しているのではないだろうか――。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki