『酒井若菜と8人の男たち』岡村隆史を救った言葉の力

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『酒井若菜と8人の男たち』は、酒井若菜と8人の男性芸能人による対談集。対談と対談相手に向けて書き下ろされたエッセイが8セットある構成。対談相手には酒井と親交のある人物を中心に「男に好かれる男」が選ばれ、他に類を見ない豪華メンバーが揃った。


・マギー
・ユースケ・サンタマリア
・板尾創路
・山口隆(サンボマスター)
・佐藤隆太
・日村勇紀(バナナマン)
・岡村隆史(ナインティナイン)
・水道橋博士(浅草キッド)

「温度や速度、表情や匂い」を再現するために


本書の紹介に入る前に、女優の酒井若菜しか知らない人もいるかもしれない。酒井若菜は執筆活動も行っており、過去に小説『こぼれる』、エッセイ集『心がおぼつかない夜に』を刊行、現在『水道橋博士のメルマ旬報』でもエッセイの連載を持っている(どんな文章かはオフィシャルブログ「ネオン堂」を読んでもらえれば)

通常、こうした対談本はライターを立てて編集構成を行うのだけど、酒井はこれらも自分で担当。唯一外部に依頼したテープ起こしも、通常はカットする口癖や相槌も完全に再現するように頼んだ。対談相手の癖を活かすと共に「いいとこ取りをしないため」だそうだ。さらに、音声以外の情報も構成に使っている。

「対談時、ご本人が早口になっていた部分、背もたれから背中を離し、姿勢を前のめりにしていた部分は全て残しました。そこを絶対的に残すことで、温度や速度、表情や匂いが活字で再現できると思ったからです」(『酒井若菜と8人の男たち』|酒井若菜オフィシャルブログ「ネオン堂」より)

共通の質問(「理想の女性」「理想の30年後」)はあるものの、対談で話す内容は事前に決められていない。親交がある人物だけに距離を縮める過程は無く、深い話にすぐ飛び込んでいく。一対一で話す空気を最大限に再現し、各対談やエッセイに緩いつながりも持たせた上下2段組400ページ。厚さ2.7cm。1人分を読み終わるたび、ふーっ、と息をつかねば先に進めぬほど濃厚だ。

言葉の力を信じる


これほど細部まで気を配られた対談集だけに、どんな内容なのか説明するのはとても難しい。エピソードを抜き出して紹介するのは断片的で、パズルの1ピースだけで全体像を語るようなことになるからだ。対談の流れで酒井が膠原病にかかっていたことを打ち明けているため、一部メディアで『酒井若菜と8人の男たち』は「病気告白本」「闘病記」のように扱われてしまった。もちろん膠原病もピースの1つに過ぎず、本書全体を表すものではない。

ただ、だからといって「読めばわかる」と終わるのも勿体無く……。少しでも本書の魅力を伝えるため、あえて1ピースを取り出すならば、「言葉の力を信じる」というフレーズになるだろう。

酒井若菜は、2005年に舞台を降板したことをきっかけに休業し、一度芸能界を引退している。その間に支えとなった1人が、今でも酒井が「兄」と慕うマギーだった。マギーは自らを「朝まで起きてるおじさん」というポジションに置き、酒井から送られてくるメール全てに返事を書いた。酒井が眠れなくて困っている時は「さっき睡魔が道に迷っとったわ〜」「ちょっと遅れます、って言ってたよ」というように、「面白くなくていい、制限時間のない大喜利」を続けた。

マギーそういう俺が、この大喜利で、言葉の力を信じてみようかな、言葉の力がどこまでいけるんだろうって。覚えてないけど、今言われても別にそんなうまいこと言ったなとは全然思わないけど、「睡魔が道に迷ってる」ってそれは、なんかプッと笑えて、気がラクになってくれたらいいなって思ったのかな? とにかくなんか、短い言葉に思いを込めたかった気はするね。どうやらね。その時の俺は。(P.20)

言葉が持つ力に助けられた人物が、対談相手にもう一人いる。岡村隆史だ。対談では、休業から復帰までの出来事が初めて本人の口から語られている。

2010年、岡村隆史は本人の言葉を借りれば「頭がパッカーン」となり、約5ヶ月間芸能界を休業。休業中は淡路島の親戚の元に一人で身を寄せ、近所の目から逃れるように生活をしていた。休業から1ヶ月経つころ、携帯に1通のメールが届く。差出人は無記名。身内以外の連絡はほぼ絶っていたが「これは、なんか……なんかあるなぁと思って」と返信することにした。

岡村でも俺、これに賭けてみようと思ってんな、なんか。……なんでやろな。なんでかは分からんけど。それ以外の人、ほっとんど連絡せんかったけど。
酒井うん。
岡村あのメールの文章も、俺、もううろ覚えやねん。でもなんか、助けてくれるかも、って思ってん。(P.306)

それから毎日、メールのやり取りは続いた。5ヶ月経ち、岡村隆史は『めちゃイケ』で奇跡の復活を遂げた。チリの落盤事故からの救出劇を模して、どん底から地上に這い上がった。その前日のこと、収録後のこと、メールの主の正体(注:マギーではない)も、対談では語られている。言葉の力が1人の男を救った一部始終を。

男たちは裸でさらけ出す


俳優、お笑い芸人、ミュージシャン。それぞれ職業は異なれど、スクリーンの向こう、テレビの向こう、スピーカーの向こうに思いを伝えることは変わらない。「言葉の力」を信じる男たちの強さ、その裏の弱さ。酒井若菜を前にすると、男たちは全て裸でさらけ出してしまう。それらを1人でまとめた酒井若菜もまた、言葉の力を信じ、8人の男たちを信じている。

手も繋がない、セックスもしない男たちの温もりは、優しく、柔らかく、それでいて頼もしい。(あとがき)

『酒井若菜と8人の男たち』という言霊が多くの人に届くことを願う。
(井上マサキ)