東北福祉大学の大城泰造准教授

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いまや、家族や親類など身近に認知症患者がいないという人のほうが珍しいのではないか。高齢化にともない認知症予防・改善の対策がいっそう求められるなか、アートで患者と家族をサポートする「臨床美術」に期待が高まっている。

誰でもできる創造的な活動

臨床美術とは、絵を描いたり造形をしたり、創作活動に取り組むことで脳を活性化し、認知症の予防や改善を図る手法だ。

認知症ケアにおける「美術」としては、ほかにアートセラピーや介護現場で用いられる作業療法などがある。アートセラピーは患者が描いた絵を分析し、カウンセリングを行うという心理療法が主体で、作業療法は折り紙や塗り絵、写生など一定の枠組みの中で、機能訓練の一環として行われることが多い。

一方、臨床美術は認知症患者の「感性」に働きかけるのが特徴だ。描く対象を、五感を使って自由にとらえ、表現することで脳を活性化する。たとえば、りんごを描くときは、りんごに関する歌をうたったり、実物の手触りや匂い、味、食感などを感じ取ったりして、そこからイメージしたものを形にしていく。そうして自由に表現されたものが、結果的に個性あふれるアート作品になる。

認知機能の維持・改善効果も実証されている。臨床美術は1996年に彫刻家の故金子健二氏が発案し、医師やファミリーケア・アドバイザーとともに実践研究を開始した。5人の認知症患者に対しプログラムを提供したところ、1年間で参加者の認知機能の維持・改善に一定の効果が見られた。その後、国立精神神経センター武蔵病院(現在の国立精神・神経医療研究センター病院)や筑波大学などの協力を得て、臨床現場でプログラムを実施。参加した認知症患者の64%に認知機能の維持、16%に改善が認められたという。

アートというと苦手意識を持つ人も多いが、東北福祉大学准教授で、臨床美術を専門とする大城泰造氏は、「アートは本来、上手・下手、正解・不正解といった概念から離れた自由な世界。しかし私たちは既成概念にとらわれて、本当に創造的な活動ができにくくなっているのではないか」と指摘する。大城氏は臨床美術によるケアを通して「参加者が今までに(アートという言葉からは)思いもつかなかった新たな体験が得られるような、誰にでも出来て、しかも質の高い創造的活動」を提供することをめざしている。

家族もアートで救われる

臨床美術は、患者の家族にとってもサポートになる。昨年亡くなった、ニュースキャスターの安藤優子さんの母、みどりさん(享年89歳)は晩年、認知症の症状で言葉が出にくくなっていたが、入所していた介護施設で臨床美術に出合い、創作活動を開始。86歳と88歳のときに2回、個展を開くまでになった。

安藤キャスターは女性セブンの取材(2015年4月9・16日号)に対し、「色遣い、筆致を見たとき、『なんだ、母は何も変わっていないんだな』ってわかったんです。認知症で言葉を失ったかもしれないけど、母らしさは何も奪われてない。あの母はもういない、と打ちひしがれていた私は気持ちがすごく楽になりました」と語っている。

個展のタイトルになった「よく、デ・キ・タ!」は、作品が完成すると、みどりさんがいつも口にしていた言葉だ。前出の大城氏は、アートの認知症予防効果のひとつとして、「具体的な達成感が形として残る」ことを挙げている。

「認知症はこれまで獲得してきた機能を失っていく病気なので、患者さんは普段の生活に自信をなくしています。自分にもこのような作品が創れるのだという自信を持つことは、日常生活においても良い影響を与えます。家族にとっても励みになりますし、作品を通して会話が生まれる機会になる。それがアートのもつ力だと思います」

個展とまではいかないが、臨床美術を取り入れている現場では、できあがった作品を並べて鑑賞会を行う。作品をほめることで患者が自己肯定感を持ち、その姿に、見守る家族も救われる。

「心地よいストレス」がアートの効果

過去の研究でも、認知症予防によいとされる余暇活動の中で、もっとも効果が高かったのはアートだという報告がある。

米メイヨークリニックの研究チームが2004年から約4年間行った調査によると、観劇や映画、友人との交流などの「社会的活動」、ウェブ検索やネットショッピングなどの「インターネット活動」と比べ、絵画や彫刻などの「アート」は認知症の発症リスクが低かった。(2015年4月8日「Neurology」オンライン版)

この研究結果に対し大城氏は、「創造的であること」、「達成感が自信につながること」に加え、「心地よいストレスがあること」が、アートの持つ認知症予防効果の理由と見ている。

東北福祉大学における大城氏らの研究では、認知症の予防・進行抑制のための活動として、リラックスして楽しむだけでは効果が薄いことが分かっている。

「作品を創る時は、何色が合うだろうか、ここの構図はどうしようかなど、選択と決断の連続。認知症予防には、こうした適度なストレスも必要なのです」

アートには正解はない。とはいえ、多くの人は画材を渡され、「自由に描いてください」と言われても、手が止まってしまうだろう。臨床美術を用いたケアには、専門家による指導が不可欠だ。2000年に設立された日本臨床美術協会では、専門的な訓練を受けた合格者を臨床美術士として認定しており、東北福祉大学をはじめ、東京藝術大学、京都造形芸術大学など多くの大学が臨床美術士の養成に力を入れている。[監修:大城泰造 東北福祉大学准教授 感性福祉・臨床美術専攻]

(Aging Style)