数字は時に、真実を正しく映し出すとは限らない――。いや、どの数字をいかなる角度で見るかによって、真実を見誤ることがあると言うべきだろうか。

 196センチの長身を誇る25歳のミロシュ・ラオニッチ(カナダ)の最大の武器は、サーブである。そのスピードは最高249.9km/hを計測し、ここまでのキャリアで奪った総エース数は4690本。これは、男子テニス史上で数えてもすでに27番目。1試合あたりの本数は約15.4本で、これはかつて「サーブ王」と呼ばれたゴラン・イバニセビッチ(クロアチア)の13.86本や、アンディ・ロディック(アメリカ)の11.69本を上回る数字である。

 そのラオニッチが、今シーズンはエース量産のペースが落ちていると、先週開催された『BNPパリバオープン』の会見で指摘された。彼の1セットあたりのエース数は、キャリア通算で1.21本。しかし今シーズンは、たしかに0.93本まで落ちているのである。

 しかし、両親ともに原子力科学者というアカデミックな一家に育った男は、表情ひとつ変えることなく、説得力に満ちた口調で即答した。

「それは、ボディ(相手の身体の正面に打つサーブ)を多く使い始めたからだ。それがあなたの問いに対する、極めてシンプルな解答だ。これまで僕と対戦する相手は、2方向......センターかワイドのどちらかを常に気にしていただろう。でも今は、3つ目の選択肢......正面がそこに加わったんだ」

 そう言うとラオニッチは、続ける。

「加えて今シーズンの僕は、より多くネットに出ていくようにしている。だからサーブのときには、常に『6つのオプション』が存在することになるわけだ。

 トーナメントの序盤で対戦する相手になら、今までのようにして勝てるだろう。だが、トップ10の選手はサーブコースの読みが当たれば、必ずそれをリターンでモノにする。だから、多くの選択肢を持ち、相手により多くを考えさせることは、非常に重要なんだ」

 簡にして要を得るこの回答は、今シーズンの彼の戦績を見れば、さらに説得力を持つ。今シーズンはケガの影響でまだ3大会しか出られていないが、勝敗は14勝2敗。シーズン開幕戦のブリスベン国際は、決勝でロジャー・フェデラー(スイス)を破り優勝。全豪オープンでは準々決勝でフルセットの激闘の末にアンディ・マリー(イギリス)に敗れるも、試合中に彼を襲った足の負傷さえなければ、あるいは勝てていたと思わせる内容だった。

 そして、先週のBNPパリバオープン(ATPマスターズ1000)では準優勝。今シーズンすでにフェデラー、スタン・ワウリンカ(スイス)、トマーシュ・ベルディヒ(チェコ)と3人のトップ10選手を破っている事実も、彼の言葉と取り組みの正しさを裏付けている。

 ボディへのサーブを用いることで、エース数は減ったが、勝率は飛躍的に上げたラオニッチ。とはいえこの変化は、ロジカルな若きサーブ王にとっても、当初は抵抗のある舵切りであったという。

「フリーポイント(エースやサービスウイナーなど、少ない労力で奪えるポイント)が欲しくない選手なんていないさ」

 そう言って笑みを浮かべつつ、彼は決断の背景に、新たな"レジェンドコーチ"の存在があることを強調した。

「カルロスのアドバイスが、何よりも大きい。彼がコーチになったときから、これはずっと話してきたことなんだ。たしかにボディを多く使うことは、これまでも考えなかったわけではない。でもなかなか、変える決断はできなかったんだ」

 自らのサーブの威力を知るからこそ、なおのこと変化を恐れたラオニッチの背を押したのは、かつての世界ランキング1位のカルロス・モヤ(スペイン/39歳)。リターンを得意とした屈指のストローカーであり、ラオニッチとは、正反対とも言えるプレースタイルの選手である。

 ふたりの新たな師弟関係の始まりは、昨年末の神戸であったという。各国の新旧トッププレーヤーが一堂に集い、チーム戦を戦う『インターナショナル・プレミア・テニスリーグ(IPTL)』が神戸で開催された昨年12月、モヤとラオニッチは会談を持ち、コーチ就任の可能性を話し合った。それまでにも、ラオニッチサイドは代理人を通じてモヤに打診を入れていたが、ふたりが直接会って話を進めたのは、このときが最初であったという。

 可愛い盛りの子どもたちがいるため、コーチ業に難色を示していたモヤの心を変えたのは、「ミロシュのテニスにかける真摯な姿勢」、そして、「彼には大きなポテンシャルがある。だが、まだ潜在能力を100%発揮できていない」との感触。その秘めた才能を、あるいは自分なら最大限に引き出せるかもしれないとの予感が、家族想いな三児の父親を、ふたたび指導者としてコートに立たせた要因だ。

「あなたのプレースタイルは、ミロシュとは大きく異なる。そのため、アドバイスが難しかったりはしないのか?」

 単純なるその問いを、指導者として高い手腕を発揮している元世界1位は一蹴した。

「たしかに僕のプレーは、ミロシュと違う。だが、僕は現役時代から多くの戦術を考え、そのなかから自分の能力に見合うものを選んできたんだ。だから、決して僕は、自分がプレーしてきた方法でしかテニスを知らないわけではない。

 ミロシュはフォアがいいし、あの身長だったらネットプレーがもっとできるはずだと確信していた。だから、もっとネットに出ていくべきだと勇気づけた」

 それが、モヤ・コーチが"新弟子"に入れたメスの第一刀。ネットプレーを念頭に入れ、それを効果的に使うにはどうすればよいかを考えたとき、「ボディサーブの多用」という選択肢も必然的に浮上する。

 リターン力で世界の頂点に到った先達から、「真のトップ選手を破るには何が必要か?」「彼らが何をされたら嫌なのか?」を伝授されたからこそ、理知的な新弟子は迷いを捨て、新たなプレーの開拓に踏み切ることができたのだ。

 ラオニッチがここまでのキャリアで奪ったエースの数は、すでに自分の倍以上の歳月をプロとして戦ってきた新コーチのモヤを上回っている。しかし、そのような表層的な数字のみで、真実を見誤ってはいけないだろう。ロジックを重んじるラオニッチは、新たな視座と経験を持つ師を得たことで、その成長速度が化学反応的に急加速したのだから――。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki