日本人の父親たちによる子どもの教育方法は、中国人からすれば賛否両論があるようだ。子どもたちに自主性や独立心を育ませる教育方法に賛同する意見もあれば、父親たちがただ自分が描く理想像に合うように子どもの人格を形作ろうとする方法に反対する意見もある。中国メディアの捜狐はこのほど、マリア・モンテッソーリの教育理念に照らして日本人の父親たちの教育方法の是非を論じている。(イメージ写真提供:123RF)

写真拡大

 日本人の父親たちによる子どもの教育方法は、中国人からすれば賛否両論があるようだ。子どもたちに自主性や独立心を育ませる教育方法に賛同する意見もあれば、父親たちがただ自分が描く理想像に合うように子どもの人格を形作ろうとする方法に反対する意見もある。中国メディアの捜狐はこのほど、マリア・モンテッソーリの教育理念に照らして日本人の父親たちの教育方法の是非を論じている。

 記事はまず、日本人の父親の教育理念であるとして、2つの事例を紹介。1つは2才の子どもが散歩中に突然道端に座り込んで閉まった時、一緒にいた父親は大声で叱らずに子どもが自ら立ち上がるのを待つことによって子どもの行動を尊重したという事例。もちろん子どものわがままを放置することは教育とは言えないが、記事はこの事例において、子どもを1人の人間として尊重するという大切な理念があることを見て取っている。

 もう1つは少なくとも60年以上前のものだが、ある父親が厳しい面持ちで子どもに自分の股をくぐらせたという事例だ。この父親の意図について記事は明らかにしていないが、父親の権威に服従するよう子どもに教える意図があったのかもしれない。

 この父親の真意はともかく、「韓信の股くぐり」の故事からも分かるように人に股をくぐらせるのは中国では非常に侮辱的な行為として映る。現在の日本人の父親たちがこうした教育を子どもに施すことはないにしても、子どもを1人の人間として尊重せずただ自分が描く理想像に合うように子どもを形作ろうとする傾向は存在するかもしれない。

 記事は幼児教育者マリア・モンテッソーリの教育理念の一部を紹介。子どもたちに存在する才能や思いやりといった特質を伸ばしてあげるには、子どもたちの成長を妨害してしまう親の先入観や偏見を見極めてそれを捨てることが必要であり、そうして初めて子どもの成長を助ける教育ができるという理念だ。子どもたちに自主的に考える力を身に着けさせるのが目標の1つと言えるだろう。

 この理念には子どもを1人の人間として尊重するという大切な精神が存在しているが、それとは反対に日本人に限らず多くの親たちは子どもに生命を付与した者としての「おごり高ぶる」精神があると記事は指摘。特に中国の親は子どもを甘やかす傾向にあるうえ、子どもに対する教育も現在は「詰め込み」一辺倒である。股くぐりをさせる日本人の親が現代においてどれだけいるかは別として、教育の内容としては日本のほうが中国より優れていると言えそうだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)