MITメディアラボ・伊藤穰一所長が語る「デザインと科学」

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従来、独自の領域として考えられてきた科学とデザイン、アート、工学は、もはや切り離して探求されるべきものではなくなりつつある。MITメディアラボが創刊した「デザインと科学」を探究する学術誌について紹介。

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MITメディアラボ所長の伊藤穰一は、2015年10月に同ラボが開催した設立30周年の記念式典で、ステージに立って宣言した。

「科学とデザインを結びつけることが、メディアラボの未来です」と、伊藤所長は聴衆に対して語りかけた。聴衆の多くは、両分野での経験を持つ人々だった。

伊藤所長の発言には、それぞれ別の領域として長らく考えられてきた科学・デザイン・アート・工学という4つの分野が急速に変化しつつあるという意味が込められていた。これらの分野はもはや切り離して探求されるべきものではなく、進化と発見を促進するために、結びつけることが必要になってきているというのだ。

メディアラボはもともと、共同研究に関する正統的でないアプローチで有名であり、伊藤所長の今回の宣言も、それに合致するものだ。1985年の設立以来、メディアラボは「アンチ・ディシプリナリー」な研究という理想を抱いてきた。アンチ・ディシプリナリーとは、「インター・ディシプリナリー(学際的)」とは異なる姿勢だ。

伊藤所長は、新しいオンラインジャーナル『Journal of Design and Science』(JoDS)のなかで、次のように説明している。「インター・ディシプリナリーな研究とは、さまざまな分野の人々が共同で研究を行うことを指します。しかし、アンチ・ディシプリナリーはそれとは大きく異なるものです。その目的は、既存のどの学問領域にも単純には当てはまらない場所で研究を行うこと――独自の言語や枠組み、手法を持つ独自の研究分野です」

これを念頭に置き、伊藤所長とメディアラボの教授陣は2016年2月末、JoDSを創刊した。メディアラボをはじめとするさまざまな研究所から生まれるアンチ・ディシプリナリーな研究を探求・推進する手段としてだ。

その第1号では、伊藤所長のほか、ケヴィン・スラヴィン准教授、ネリ・オックスマンダニー・ヒリスなど、人工知能(AI)やゲームデザイン、デジタル・ファブリケーションなど異分野の先駆者たちによる学術論文が取り上げられており、研究領域間の相互接続についての考えが詳しく説明されている。

JoDSは、従来の学術的出版物とは大きく異なるやり方で運営されている。匿名化された査読プロセスはなく、コンテンツへのアクセスにかかる料金もない。

型にはまった学術出版を「アイデアの埋葬」になぞらえたスチュアート・ブランドの言葉を引き合いに出しながら、伊藤所長はこう語る。「墓石のような手法ではなく対話を重視したら、学術論文はどうなるのだろう? わたしたちはそれが知りたかったのです」

JoDSは、MITで開発されたプラットフォーム「PubPub」に発表される。一般的な学界や学術出版とは異なる開放性を持つPubPubは、極度の透明性に関する実験であり、そこではJoDSのコンテンツのほぼすべてがオープンであり、編集可能だ。

読者は各論文に注釈をつけることができ、著者が書いたものにコメントやコンテクスト(前後関係、背景)も追加できる。編集履歴は万人に可視化されており、誰が何を書いたかは明確だ。ヒリス氏の論文には、サイトから直接コピーできる実行コードが埋め込まれている。

伊藤所長は、このプロセスを「ピアツーピア」レヴューと表現する。そしてその目的は、JoDSで提示されたアイデアが変化・進化し、やがて相互接続された状態になることだと同所長は語る。

「数週間後には、JoDSで公開されるすべての論文が、相互について言及し、相互を引用するようになっているかもしれません。隔離された論文の集合体というより、ネットワークのようなものなのです」

このようにして、JoDSはできるだけ多くの関連分野からの声を取り入れようとしている。「ひたすら深く真っ直ぐに掘り下げることで良い結果が得られるという考え方は現在、“最も興味深い結果を得るには少し斜めに探求してみることだ”という考え方に取って代わられつつあります」とスラヴィン准教授は語る。

スラヴィン准教授と伊藤所長の両者は、こうした交差が起きている学問分野の例として合成生物学を挙げる。そしてその具体例には、2016年1月にメディアラボに加わったケヴィン・エスヴェルト准教授の研究を挙げている。

エスヴェルト准教授は、自身を「遺伝子の彫刻家」と形容する。同氏は現在、「遺伝子ドライヴ」という技術の開発に取り組んでいる。遺伝子ドライヴとは、生殖時に種の遺伝子構造を体系的に変化させて、たとえばマラリアライム病などを広める遺伝子を撲滅できる可能性を秘めた技術だ。

ただしエスヴェルト准教授は、「われわれはこれを実現できるのか?」という疑問だけでなく、その先にある「われわれはこれを実現すべきなのか?」を疑問を見据えることにも興味を持っている。つまり、自身が開発している技術が、生態系全体にどのような影響を及ぼすのかに目を向けているのだ。

「わたしから見るとエスヴェルト准教授は、合成生物学というツールを使って、デザイナーのように物事を考えている人物です」と伊藤所長は語る。「彼はいま、デザイナーであれば問いかけるだろう、非常に難しい疑問を問いかけています」

難しい疑問に答えるためには、より開かれた包括的な対話が必要とされる、と伊藤所長は述べる。エスヴェルト准教授は、2015年11月に開催された、合成生物学とデザインをめぐるディスカッションにおいて、一般市民の関心を測る方法として、コミュニティー参加というシンプルな手法を用いること(たとえば、タウンホールミーティングの開催)に興味があると筆者に語ってくれた。JoDSはある意味で、こうした思想をヴァーチャルに具現化したものだ。まさにそこは、あらゆる背景を持つ人々が、高い流動性を持ったディスカッションに貢献できる場所なのだ。だからこそ、JoDSのような学術誌が存在する必要がある、とJoDSチームは語る。

「現在は、わたしが論文を発表すると、誰かがそれを否定する論文を発表します」とスラヴィン准教授は語る。「しかし、その手段は本当は対話であるべきです――対話こそが、わたしたちが住んでいる世界なのです」

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