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●“農作物の宝庫”に襲いかかる事故の影響
2011年3月11日に発生した東日本大震災。数多くの尊い命を奪っただけでなく、被災者の生活基盤・経済基盤を破壊し、さらに続いた福島第一原発事故が追い打ちをかけた。原発周辺の被災者は他地域への避難を余儀なくされ、放射性物質汚染を懸念する風潮により福島県の産物は敬遠され大打撃を被った。あれから5年……福島県の各自治体はさまざまな対策を施し、いわゆる“風評被害”の払拭に努めている。なかでも積極的な取り組みをみせているのが、県最東南部に位置する「いわき市」だ。

いわき市は、東京23区の約2倍の広さに相当する1232.02平方キロメートルの広大な土地に、人口348,791人(2016年2月1日現在)が住む県内屈指の自治体だ。夏冬での寒暖の差が少なく、しかも日照時間が長いため農作物の生産に向き、米のほか、大豆、ネギ、イチゴ、トマト、梨など、露地栽培・ハウス栽培を問わず農業が盛んに行われてきた。

また、県の最東南に位置するというのもポイント。南側は茨城県に隣接しているため、“首都圏の台所”的な役割で米・青果を出荷してきた。そんな農業に好適な気候・立地にあるいわき市も、風評被害という災禍にあらがえなかった。いわき市が実施した「農作物の風評被害に関するアンケート」によると、34.7%の農家が震災前に比べ生産規模が縮小したと答えた。

○“生産者”“消費者”“自治体”を結ぶ新設課

2016年3月、都内で行われた「いわき市見せる課メディアセミナー」で登壇した、いわき市 農林水産部 次長 高木忠之氏は「震災直後から、農業分野において風評の払拭に向けキャンペーンを行う必要があった」と切り出した。「2011年10月から放射性物質の検査結果の公表や、生産者の現場を見学してもらうためのバスツアーを開始した」と、取り組みの発端を解説し、5年という歳月を経て、ようやく回復傾向になりつつあると展望を示した。そして、1日も早い復興を目指すため、市の各部署や生産者、消費者を“横串”で結ぶための組織、「見せる課」を開設したと語った。

●判断材料として放射性物質の検査結果を公表
いわき市 見せる課 課長 渡邉正俊氏は、「安全・安心を押し売りするのではなく、いわきの野菜を購入していただけるかどうか、そして食べていただけるかどうか、判断材料として情報を公開していく」と、見せる課の意義を語った。そもそも、見せる課の前身は2011年10月から開始した「見せます! いわき」というプロジェクト。このプロジェクトは前述のとおり、市で生産される農作物の放射線物質量を検査し、その数値を公表するものだ。

2011年は2,238件の検体を検査し、検出下限値20ベクレル/kg未満が2,047件、20〜50ベクレル/kgが123件、51〜100ベクレル/kgが45件、100ベクレル/kg超が23件で、うち1件が当時の国の基準値500ベクレル/kgを超えていた。そして、翌年以降は1箇所の検査場を6箇所に増強し、検出下限値を10ベクレル/kg未満とより厳格にして調査を行うようになった。年を追うごとに放射性物質の検出量は減っていき、2015年は6,574件の検体数のうち、検出下限値未満が6,548件、10〜50ベクレル/kgが24件、51〜100ベクレル/kgが2件、現在の国の基準値である100ベクレル/kg以上となった農作物は0件となった。

○消費者目線でのいわき野菜の評価を!

この放射性物質の検査結果公表とともに進められたのが、いわき市産農作物への消費者の理解促進だ。プロジェクト開始1年後の2012年10月に見せる課を発足。単に数値を公表するだけではなく、より一層厳しい判断を下すであろう料理人などの第三者に農作物を評価してもらうようになった。加えて農作物だけではなく、水産物・観光の面からもいわき市をPRする施策を行うようにもなった。

こうした施策の代表例が“見せる”役割を市民にもシフトした「いわき野菜アンバサダー」の創設と、当初から行っている消費者と生産者を結ぶバスツアーの取り組みだろう。前者は “野菜大使”ともいえる存在を募集し、セミナーやウェブレポートなどを通じていわき市の野菜の魅力を消費者の目線でPRしてもらうというもの。すでに1,000名を超えるアンバサダーが活躍しているという。そして後者は、消費者だけでなく料理人と生産者とをつなぐ役割も果たしている。

●いわき野菜にかける料理人の想い
いわき市 見せる課 メディアセミナーは、東京・神谷町にあるイタリアンレストラン「ラ・ターナ・ディ・バッコ」で行われた。同店の直井一寛シェフも見せる課主催のバスツアーでいわき市の農産物の魅力に触れた一人。今回のセミナーによろこんで協力したという。また、当日メディアにふるまった料理メニューの解説で「いわき産の野菜は火の通りがよく、旨味を生かした調理がしやすい」といわき市の農作物を評価した。

同じくメディアセミナーに参加したフレンチレストラン「ル・マンジュ・トゥー」の谷昇シェフは、「われわれ料理人は素材がなければ何もできない。そして素材は生産者がいなくては生まれない。東京で店をかまえる一人として応援したい」と、いわき市に限らず福島県全体の生産者に向けエールを送った。

つい先日、福島県産農作物に批判的なツイートをした著名人に対し反論が巻き起こり、炎上騒ぎとなったばかり。こうしたツイートが出るということは、まだまだ福島県産農作物や水産物に対して不信を抱く人が根強く存在するという表れだ。各自治体は、風評被害に対しての取り組みをこれからも続けなくてはならないだろう。

ただ、いわき市の高木次長も見せる課の渡邉課長も、説明のあいだ「風評被害」といわず、「風評を払拭したい」という表現に徹していた。偶然使わなかったのか、それとも意識していたのか……後者だとしたら“被害”という文言を使わなかった姿勢に頼もしさを感じる。

(並木秀一)