〈岡田有希子を発見し、育て(?)、殺したのはテレビ局〉30年前、アイドル事情を予見していた小林信彦

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きょう3月27日夜、横浜スタジアムでAKB48の高橋みなみの卒業コンサートが開催される。さらにグループの拠点・秋葉原のAKB48劇場での卒業公演は、高橋の25歳の誕生日である来月8日に行なわれる予定だ。


アイドルグループからメンバーが脱退することを「卒業」と呼ぶようになったのは、いまからちょうど30年前の1986年3月、当時の人気グループ・おニャン子クラブを中島美春と河合その子がやめたときだろう。おニャン子クラブは、その前年の4月よりフジテレビで始まったバラエティ番組「夕やけニャンニャン」から生まれたグループで、そのコンセプトはグループ名が示すとおり「放課後のクラブ活動」だった。それだけに脱退を「卒業」と呼んだのは自然なことといえる。

1986年のアイドル界といえば、岡田有希子が事務所ビルから投身自殺したのもこの年の春、4月8日のことだった。これには当時小学4年生だった私もかなり衝撃を受けた。

作家の小林信彦の当時のコラムによれば、岡田有希子はその直前にいちど自殺未遂騒ぎを起こしており、芸能レポーターらがそれを聞いてかけつけたことが投身の引き金となったという。これを踏まえ、小林は《芸能リポーターを責めるのは容易であるが、彼らを〈取材〉にかり立てるのは、テレビ局のワイドショウ番組である。岡田有希子を発見し、育て(?)、殺したのはテレビ局といっても、かまわないだろう》と記し、続けて次のように書いている。

《いうまでもなく、テレビはタレントを消耗品としてあつかい、タレントは消耗品であることに反撥し、生きのびようとする。その攻防戦は、現代のもっともスリリングなみものであり、とくに、二十歳をデッドラインとする〈女性純粋アイドル〉の場合、この一年間は文字通りの修羅場であった。多くの〈女性純粋アイドル〉が二十歳のラインを越えたからである》(『時代観察者の冒険』

「消耗品」というシビアな言い方は、評論家あるいは放送作家として芸能界を長らく見てきた小林ならではだろう。なお、このコラムが書かれるまでの1年間に20歳のラインを越えた女性アイドルには、中森明菜や小泉今日子など1982年にデビューしたいわゆる「82年組」のアイドルが多く含まれる。

いまでこそ20歳をすぎたアイドルというのは珍しくないが、当時はまだアイドルは10代がピークという時代だった。小林信彦は先のコラムで、女性アイドルが20歳のラインを越えた場合の動向として、「演技を志す」「ロック方面に走る」「結婚をして華麗に幕をひく」「ヤケ風にひらきなおる」「右のどれでもなく、フラフラしている」といったパターンに分類している。

上記の分類のうち「ヤケ風にひらきなおる」の代表格として小林があげていたのが小泉今日子だ。1985年11月に小泉がリリースした「なんてったってアイドル」は、そんな印象を与えるに十分だった。最近になって作詞者の秋元康が明かしたところによれば、「なんてったってアイドル」は、このころ本田美奈子や菊池桃子などアイドルが「ロック方面に走る」風潮に対し、その逆を突き、「アイドルは面白い、アイドルが最高って歌をつくりたい」との思いから生まれたのだという(「MEKURU」vol.7)。

同時期の秋元康はまた、前出のおニャン子クラブでアイドル界に一石を投じている。小林信彦はやはり先のコラムのなかで、芸能界はクラブ活動だと考えたおニャン子のコンセプト、そしてメンバーをクラブ活動から卒業させるという秋元の仕掛けを、「使い捨ての世界を逆手にとった」と評した(『時代観察者の冒険』)。

80年代後半以降、アイドルのアーティスト志向が強まったこともあり、やがて「アイドル冬の時代」が訪れることになる。それでも卒業という仕掛けは、その後90年代後半に登場したモーニング娘。、さらに秋元康プロデュースのAKB48など多くのアイドルグループで採用され、現在にいたっている。

30年前のアイドル小説『極東セレナーデ』


さて、小林信彦は、コラムで岡田有希子の死とおニャン子クラブのメンバー卒業をとりあげるのと前後して、ちょうどアイドルをテーマにした連載小説を「朝日新聞」で始めていた。『極東セレナーデ』と題するその小説は、1986年1月から1年間連載されたのち新潮社より上下巻で単行本化され、その後新潮文庫にも収録されている。しばらく品切れの状態が続いていたが、このたびフリースタイルの「小林信彦コレクション」というシリーズの第1弾として復刊された。

主人公の朝倉利奈は短大卒業後、小さな出版社でバイトをしていたものの、携わっていたエロ本の廃刊により失業してしまう。そこへ突然、ニューヨーク行きの話が舞い込む。それはNYで観たミュージカルや映画などショウビジネスの情報を日本へ送るというミッションであったが、雇い主の目的はいまひとつ判然としない。しだいに自分の行く末に不安を抱き始めた利奈は、たまたま入った現地の焼肉屋で木村という商社マンと知り合う。やがて彼女は木村から引き受けた仕事をきっかけに、一躍脚光を浴びる存在となっていくのだった――。


この小説は一言でいえば、80年代半ばのメディアの世界を舞台としたシンデレラストーリーだ。主人公の利奈は1964年12月生まれと物語冒頭の時点で20歳、物心つく前に両親を飛行機事故で亡くしているという設定だった(事実、彼女が1〜2歳だった66年には飛行機事故が頻発している)。物語の前半では、85年8月の日航ジャンボ機墜落事故の話も出てくる。さらに後半では、連載中の86年4月に当時のソ連で起きたチェルノブイリ原発事故が重要なモチーフとして登場する。

作中には、秋元康を彷彿とさせる片貝という若手作詞家・プロデューサーも登場し、利奈を世に送り出すための仕掛け人のひとりとして後半の展開に深くかかわってくる。

ちなみに利奈がバイトしていたエロ本の出版社は、80年代に荒木経惟の過激なヌード写真で話題を呼んだ雑誌「写真時代」などで知られる白夜書房がモデルとなっているらしい(「フリースタイル30」での小林信彦インタビューを参照)。また、利奈の親友にして付き人として出てくる、もともとは良家の子女ながら、マンガを描くことにハマりすぎてエロ劇画家のアシスタントになった大西比呂というキャラクターもユニークだ。

本作にはこのほかにも、同時代のサブカルやおたくカルチャー、アメリカのテレビ事情、ニューヨークの街の風景、また著者が造詣の深い芸能史などさまざま事柄が盛りこまれ、ディテール豊かにバブル前夜の時代が描かれている。

もし、いま映像化するとしたら……


『極東セレナーデ』を最近になって初めて読んだ私は、読みながら、いまこれを映像化するとしたらどんな配役になるだろうと想像せずにはいられなかった。ちなみにこの小説はいちど1992年に「ウーマンドリーム」というタイトルでテレビドラマ化(フジテレビ系で放送)されている。このときは女優の裕木奈江が主演を務めた。ちなみにプロデューサーの片貝は、当時秋元康と似ているとよくネタにされていた林家こぶ平(現・正蔵)が演じたというからおかしい。

それはともかく、いま20歳前後の若手女優やアイドルを何人かあげていくうちに、私がこれぞと思いいたったのは、森川葵である。作中で「ショートヘアの小柄な娘」「眼が美しい」と表現される利奈のイメージは、まさに森川と重なるのではないか。この4月からある番組の新MCに森川を抜擢したテレビ局のプロデューサーに「彼女は始末の悪い女の子、ちょっと面倒くさい女の子を演じさせると抜群」(「スポニチ・アネックス」2016年3月14日付)と言わしめた演技力からいっても、ふさわしいように思う。ついでにいえば、大西比呂の役はぜひ、朝ドラ「あさが来た」のメガネっ子・吉岡里帆でお願いしたい。

『極東セレナーデ』をもし再び映像化するとして、いまひとつ思うのは、その舞台はできれば1980年代ではなく、あえて現代に置き換えたほうがいいのではないかということだ。というのも、この作品を時代設定そのままに映像化すると、最近流行りの80年代ノスタルジーにまみれて、物語の本質が見えにくくなってしまうような気がするからだ。

さらにいえば、この小説は80年代に書かれた作品でありながら、読むにつけ強い現在性を感じるからでもある。たとえば、作中で利奈の仕掛け人のひとり・氷川という男の発言として出てくるこの一文はどうだろう。

《大衆はゼイタクになっている。スターをあたえられるのでは不満足なのだ。できれば、自分たちでスターを作り出したいと思っている。(中略)つまり、大衆はスターになる以前のアイドルについての情報を得たいと願っている。そして、好みのアイドルを探し出して、応援する。そのアイドルを育てることによって、彼らは大きな精神的充足感をもち、あるいは精神的に一体化する》(太字の箇所は原文では傍点)

2016年のアイドルファンからしてみると、どうして30年前にここまで自分たちの気持ちを的確に指摘できたのかと、鳥肌が立つほどだ。このほかにも、個人の意思が尊重されにくい芸能界の構造や原発の安全キャンペーンなど本作に描かれたことは、ここ最近取り沙汰されているもろもろと通じるところがやけに多い。これは、小林信彦の予見能力の鋭さというより、日本がある部分においてこの30年間変わっていないからなのかもしれない。

とすれば、『極東セレナーデ』を映像化するとしたら、やはり現在という設定にしたほうが作品に込められたメッセージもストレートに伝わるはずだ。もちろん、そのためには細かい設定など変えるべき点も多々ある。たとえば、主人公が勤めていたエロ本の編集部は、バイラルメディアの編集部にでも置き換えられるだろうか。そんなふうにいちいち考えるのも、いま、本書を読む楽しみのひとつだ。


(近藤正高)