防衛大学校の卒業式で訓示した安倍晋三首相(YouTube「ANNnewsCH」より)

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 さる3月21日、幹部自衛官を養成する防衛大学校(神奈川県横須賀市)で卒業式が行われ、"最高指揮官"である安倍晋三首相が得意満面で訓示した。

 しかし、その内容は「恐怖」さえ感じさせるものだった。いつものスクランブル7倍増加話や日露戦争賛美に加えて、わずか十数分の話の間に4回も、自らを「最高指揮官」と呼び、こんなことを語り始めた。

「将来、諸君の中から、最高指揮官たる内閣総理大臣の片腕となって、その重要な意思決定を支える人材が出てきてくれることを、切に願います」

つまり、軍人を片腕にすることを宣言したのだが、もっと不気味なのはこんなフレーズだった。

「『事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える』。この宣誓の重さを、私は、最高指揮官として、常に、心に刻んでいます。(中略)諸君は、この困難な任務に就く道へと、自らの意志で進んでくれました。諸君は、私の誇りであり、日本の誇りであります」

「私の誇り」って、自衛隊はあんたの私兵なのか、と思わず突っ込みをいれたくなるではないか。

 しかし、こうした安倍の自己陶酔的演説とは裏腹に、この卒業式では安倍が国民に知られたくない"不都合な事実"も露呈した。それは、卒業後に自衛官にならない任官拒否者が昨年の倍近い47人も出たことだ。

 防衛大学校の学生は入学と同時に防衛省の職員とみなされ、入学金・授業料約250万円が免除されるほか給料も支給される。毎年数人の任官拒否者は出るが95%以上は幹部自衛官候補として任官する。今年は全卒業生419人で任官拒否が47人。拒否者が10%を超えるのは異例中の異例だ。しかも、これでも、数字を低く抑えたのだという。防衛省担当記者が解説する。

「実は、もっと多くの任官拒否者が出ると聞いていました。ところが、今年の卒業生は『集団的自衛権第1期生』といわれ世間の注目が集まっていた。任官拒否が急増すると政権批判の材料になりかねないので、官邸からの指令もあって例年に比べて引き止め工作が凄かったんです。中には教官が10人がかりで説得したという話もあるほど。もっとも、この段階で説得されて自衛官になってもすぐに辞める可能性が高いので、結果は同じことなんです。47人は氷山の一角に過ぎません」

 表に数字が出てこないのであまり知られていないが、防大卒業後1年もしないうちに自衛隊を離れ、民間企業に転職する"隠れ任官拒否"も毎年数十人はいるらしい。それが今年はさらに倍増する見込みだという。それはそうだろう。日本の国を守るために危険を顧みない覚悟はできていても、アメリカの戦略にために命を危険に晒したくないと思うのは普通だ。ましてや「安倍の私兵」になんかなりたくないというのが偽らざる気持ちだろう。

 安倍は「日米同盟は血の同盟」「米兵が日本のために血を流しているのに、自衛官が血を流さないのはおかしい」と真顔で言える人間なのだ。

 そんな安倍を象徴するもうひとつの事実がこの卒業式で垣間見えた。任官拒否者に対する仕打ちだ。任官を拒否した学生は正式な卒業生でありながら卒業式への出席が許されなかった(したがって、帽子を放り投げる"ハレの場"に出られなかった)。私服に着替えさせて、裏門から帰宅させたのだ。これは、第2次安倍政権の始まった一昨年からの方針なのである。当日の取材をした防衛大卒の毎日新聞記者で『自衛隊のリアル』(河出書房新社)などの著書のある瀧野隆浩氏がラジオでこう訴えていた。

「私が卒業した30年前からごく最近まで、(任官拒否者も)一緒に帽子を投げたんです。いまの世の中の雰囲気というんでしょうか。同じ防大卒業生に線を引いて分断するような。とても残念で、寂しい。コソコソ卒業させるというのは、やっぱり違うと思うんです」

 つまり、"最高指揮官"である私(安倍)の支配下に入り、命を投げ出さない者は徹底的にいじめてやろうという魂胆なのだろう。だが、そんな姑息な手段を使っても「アメリカのため戦わされる」自衛官の流出が止まるとは思えない。

 そこで安倍はとんでもない計画を進行させている。それはズバリ「自衛隊の皇軍化」だ。

 これはどういうことかというと、自衛隊の制服組トップである統合幕僚長や陸上幕僚長を任官にあたって天皇の認証が必要とされる「認証官」へ格上げしようというのである。集団的自衛権の行使容認や自衛隊の「国防軍」への転換などを見越して、制服組幹部を国家機構の中枢に位置付ける狙いがあるというのだ。先の防衛省担当記者は言う。

「これは降って湧いた話ではありません。安倍さんを筆頭とする右派議員が『制服組の地位向上』として以前から目論んでいたことです。防衛省の内部文書には『国家としてその職責に見合う名誉を付与することが必要』と明記されており、集団的自衛権の行使容認とリンクしていることは間違いありません。幹部が認証官になることで自衛隊の政府内での権威・発言力が大幅に強まるばかりか、現行憲法下での天皇=象徴、自衛隊=専守防衛の関係を乗り越え、天皇の権威を自衛隊に直結させる非常に危険な思想といえます」

 現在、認証官は首相を除く国務大臣、副大臣、内閣官房副長官(政務・事務)、特命全権大使、宮内庁長官、最高裁判事などで、これに陸海自衛隊の最高幹部である幕僚長や陸幕長を加えようという話だ。実現すれば、防衛大臣と自衛隊幹部が「天皇の認証」という意味で形式上、同格になる。

 軍人と天皇が直結するとどうなるか。これは大日本帝国憲法下で「統帥権の独立」をたてに陸軍大臣、海軍大臣を無視して陸軍の参謀本部、海軍の軍令部が暴走したのと同じ構図といってもいい。まさに自衛隊を皇軍(天皇の軍隊)にしようという動きともいえる。このままいくと軍事が政治に優先する危険すらある。

 実は、自衛隊における制服組(軍人)優位の動きは安倍政権下、すでに国民に見えない形で着々と進められている。自衛隊の運用に関する意思決定についてはかつては内局官僚(背広組)が自衛官(制服組)より優位にあるとされてきたが、昨年6月の防衛省設置法改正で「文官統制」制度が全廃され、背広組と制服組が対等になっている。さらに具体的な作戦計画策定についても、制服組が背広組に大幅な権限移譲を要求しているという。安倍が望む"戦前回帰"がすでに現場レベルで進行しているというわけだ。

 幕僚長、陸幕長らの認証官問題はまさにこの流れに沿ったものなのだ。

 軍人の地位を高めるために安易に"天皇の権威"を利用しようとする安倍のやり口は、保育士の地位向上に叙勲を持ち出すのと同じアナクロな精神構造だ。新安保法制の施行で自衛官の戦死リスクは確実に高まるにもかかわらず、殉職自衛官の遺族に対する経済的補償を充実させるわけでもなく、天皇の政治利用でごまかそうとする。

 こんなことを続けていたら、そのうち、安倍が「私の軍」と思っているその自衛隊の中から安倍批判の動きが出てくるかもしれない。
(野尻民夫)