「マシンに何かダメージはあった?」

 身の毛もよだつような大クラッシュの後、ブリーフィングを終えたフェルナンド・アロンソはピットガレージにやってきて、出迎えたメカニックに冗談めかして言った。

 もちろん、マシンはダメージうんぬんというレベルではないほどに損傷を受け、おそらくパワーユニットも、もう使うことはできないだろうという。

「(前を走る)エステバン・グティエレスのスリップストリームを使ってストレートエンドまで追いかけていったんだけど、いろんな要素が重なってこんな事故が起きてしまった。でも、大切なのはこうして普通に話していられること。助かってよかったし、F1の安全性に感謝したい」

 そう語るアロンソなりの、自分はまったく大丈夫だから心配するな、というメカニックたちへの気遣いだったのだろう。長いブリーフィングを終えて空港へと向かう慌ただしい時間にもかかわらず、ピットガレージを訪れて撤収作業に勤しむメカニックたちに声を掛けにきたのだ。

 アロンソは大クラッシュ、ジェンソン・バトンはその赤旗のあおりを受けてピットストップの時間を丸々ロスし、14位に終わった。

 しかし、普段はレース後1時間ほどで終わるドライバーとエンジニアたちによるマクラーレン・ホンダのブリーフィングは、1時間が経っても、1時間半が経っても終わろうとはしなかった。14位という無残な結果ではあったが、この開幕戦のなかで彼らはそれだけ多くを学び、語り尽くせないほどの収穫を手に入れたのだ。

 開幕前のバルセロナ合同テストでは、2016年・本番仕様の空力パーツが間に合わず、セットアップも煮詰まらないマシンは極めて敏感な挙動を示していた。

 しかし、開幕の地メルボルンにはフロントウイングなど新たなパーツが持ち込まれた。金曜日はあいにくの雨となってしまったが、ようやくドライコンディションとなった土曜日からは入念な走り込みを行ない、マシン挙動はみるみる改善されていった。

 バトンは「いくら最大ダウンフォース量が出ていても、それが過敏な出方をするようでは安心して走ることはできない。そこまでのダウンフォース量でなかったとしても、"使える"ダウンフォースが欲しいんだ」とこぼしていたが、その開発方向性がようやく定まってきたのだろう。

 予選は新フォーマットのせいで十分なアタックができず、チームとして目標としていた「Q3進出(※)」は果たせず、12位・13位という結果に終わった。しかし、チームは入賞圏内のトップ10に向けてたしかな手応えを感じていた。

※予選はQ1〜Q3まであり、出走台数が20台の場合、Q2に残るのは上位15台、Q3は上位10台。

 ホンダの長谷川祐介F1総責任者は、予選結果に満足したとは言わないものの、その表情からはマシンの仕上がりに胸をなで下ろした様子が伝わってきた。

「新予選方式に左右されてしまった......というところもありましたし、実力的には10位からそれほど離れたところではなかったと思います。やりようによっては、もう少し上に行けた可能性もあったのではないかと思います。クルマの進化はたしかに感じられましたし、バルセロナのテストに比べると、両ドライバーともずっと安定して走れるようになったと話していましたね」

 ホンダはバルセロナ2週目に走らせたパワーユニットをそのまま栃木のHRD Sakuraへと持ち帰り、実走データを反映させた上で、のべ4000kmをベンチテストで走らせて信頼性の確認を行なってこの開幕戦に臨んできた。

「一歩一歩、確実に進歩しなさい。その代わり、宣言した目標を有言実行できちんと達成するようにしなさい」

 このメルボルンに激励訪問することを強く望んでいた八郷隆弘社長からは、そう言われたという。まさにその言葉どおり、ホンダは着実に信頼性を確保し、ERS(エネルギー回生システム)のディプロイメント不足を解消した2016年スペックのパワーユニットを用意してきたのだ。

 もちろん、それは最初の"一歩"でしかなく、次の"一歩"であるパワーの向上に向けた研究開発も、引き続き進められている。

「ディプロイメントは途中で切れることもありませんでしたし、ドライバーたちも満足していたようでポジティブなコメントをもらいました。しかし、パワーユニット全体については、『もっとパワーをくれ!』と言っていました。レーシングドライバーですから、それはいつものことなんですけどね(苦笑)」

 まずは、今回は信頼性の確認が十分でないことから見送られた、さらに攻めた燃焼セッティング面でパワーを引き出すこと。そしてトークン(※)を使ったハードウェアの開発準備も、もちろん進められている。

※パワーユニットの信頼性に問題があった場合、FIAに認められれば改良が許されるが、性能が向上するような改良・開発は認められていない。ただし、「トークン」と呼ばれるポイント制による特例開発だけが認められている。各メーカーは与えられた「トークン」の範囲内で開発箇所を選ぶことができる。

 ストレートエンドの最高速が伸びず、決勝では前走車のオーバーテイクに苦労した。それは、パワーがメルセデスAMGやフェラーリ製パワーユニットに及んでいないことに加え、ダウンフォースを得るために大きく前傾姿勢を取った車体側のドラッグ(空気抵抗)の大きさも影響していた。

 マシン挙動が改善されつつある今、車体面の次の"一歩"は、こうした空力効率の向上にあると言えるだろう。

「結果がすべてですから」

 開幕戦を終えて、長谷川総責任者は言った。

 しかし、中身に目を向ければレース後の長いブリーフィングが示すように、マクラーレン・ホンダがこの開幕戦で得たものは決して小さくなかった。

「自信を持てるような結果ではないと思っていますけど、今回得られたデータのなかでもう少し改善できるところもありますし、バーレーンに向けてきちんと準備していければ、それなりのポジションで戦えるのではないかと思っています」

 一歩ずつ、一歩ずつ、しかし着実に進んでいくマクラーレン・ホンダの姿が、今年は見られそうだ。

米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki