バイエルンが勝利したチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、対ユベントス戦。
 
 ユーベホームの第1戦は2−2。バイエルンホームの第2戦は、前半28分までにユーベが2−0(通算スコア4−2)とした。攻めるバイエルン、守るユーベ。両者はスタイルを明確にしながら残りの時間を戦った。そして、後半28分とロスタイムにバイエルンがゴールを奪い、通算スコア4−4で延長へ。バイエルンがそこから2ゴールを奪い決着を見たが、この一戦はサッカーの特性を浮き彫りにした、まさにサッカーならではの、サッカーらしい試合と言えた。
 
 分かりやすいのは、トータルスコアを4−2にした前半28分以降のユーベだ。両者には若干、力の差がある。普通に正面から向き合ってもバイエルンが押すだろうが、ここでは、それにユーベ自らの意志が拍車を掛けていた。逃げ切り作戦を企てて、自ら引いて構えた。その結果、展開はより一方的なものになった。にもかかわらず、ユーベは試合に敗れた。最後の最後で追いつかれ、試合をひっくり返された。普通のサッカーをしていれば、どうなっていただろうか。惜しい気がしてならない。
 
 だが、逃げ切り作戦は、日本人には特殊な作戦に見えないことも事実。よくある身近な作戦だ。日本人の気質に合っていそうな作戦のようにも見える。プロ野球の勝ちパターンの投手リレーなどは、まさに守備固めだ。リードは広げるものと言うより守るものとして位置づけられている。何を隠そう、僕自身にそうした感覚が染みついていた。だからこそ、その後、欧州取材を通して遭遇した攻撃的サッカーには驚かされた。
 
「1−0でリードしている時、パス回しに走ろうとした選手に対して、スタンドから白いハンカチが振られることがあった。もっと攻めろ! と、ブーイングが送られたのです。カルチャーショックでした。イタリアのファンは、絶対にそんなことはしません」とは、アリーゴ・サッキがこちらに語った、カンプノウで初めてバルサの試合を観戦した時の印象だが、日本人が同じような驚きを抱いたとしても何も不思議はない。
 
「つまらない1−0で勝つなら、2−3で負けた方がスッキリするほどだ」と言ったのは、ヨハン・クライフ。サッキが観戦した頃、バルサの監督だった人物だが、そうした言葉を一介の日本人ライターが直に聞かされると、サッカーが違うものに見えてくるのは当然の帰結だった。その他でも、へーと驚きたくなる台詞にたびたび遭遇したが、その大抵が攻撃的サッカーに属する指導者のもの。日本の指導者からはまず聞くことができない台詞、日本のサッカー界のみならず日本のスポーツ界に浸透していない台詞だった。

 彼らがよく口にしたのが、負けた時の話。今回のユーベ的な負け方は、負け方として好ましくないという見解で一致している。
 
 なぜもっとちゃんと攻めないのか。勝てばいいが、負けたら何も残らない。後悔ばかりが残る。彼らの言い分はこれだ。負けた時、どちらが納得できるか。後方に待機し、キチンと攻めずに負ける。100%の力を発揮せずに敗れるというパターンは、彼らが最も嫌う展開だ。
 
 サッカーの域を越えた話だ。人生観に迫る話。「女子サッカーを“文化”にしたい」とは、宮間あや主将の言葉だが、こうしたテーマについて議論することも文化の一つなのだ。欧州ではかつて、攻撃的な考え方と守備的な考え方が相まみえていた。90年代の後半から2000年代前半はとりわけ激しい論戦が戦わされていた。僕の目にはそれがとても文化的なものに映った。
 
 欧州では、この論争はもはや決着済みというわけで、いまや両者が相まみえる機会は減っている。それにまつわるニュースが日本に流れてくる機会も同様に減っている。見えにくい文化になりつつある。だが、今季のクラブ戦線に描き出されている傾向を見ると、日本でもっと語られるべきテーマだと言いたくなる。

 ユーベがバイエルンに敗れた翌日、ラツィオが欧州リーグでスパルタ・プラハに0−3で敗れ、いわゆる欧州戦線に出場していたイタリアの6チームすべてがベスト16の段階で消えた。CLの8強、欧州リーグの8強に、イタリアのクラブが一つもいないという現実。20年前と比べると隔世の感がある。
 
 出場した6チームすべてが守備的だとは言わないが、その国内リーグに漂うムードは、他国に比べやはり非攻撃的。つまり非今日的。UEFAリーグ別ランキングでも、4大リーグの中で最下位に位置することになって久しいが、浮上する気配は見られない。イタリア代表チームの不成績も、この問題と少なからず関係している。
 
 ユーベは確かに惜しかった。もう一息、運に恵まれれば、番狂わせを起こしていたかもしれない。だが、惜しいとは言いたくない。我々が敏感になるべきは世界の流れ。惜しいと言ってしまえば、その流れに逆らうことになる。何かを見失うことになる。
 
 何か発言すれば、出る杭ではないが何者かに叩かれやすい世の中とはいえ、いまだ、攻撃的対守備的の議論さえ起きない日本。ユーベ、イタリアの現状より心配になる。