台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業によるシャープ買収についてのニュースが、その後の債務問題もあって途切れずに続いている。経営コンサルタントの大前研一氏は、このM&Aには3つの大きなメリットがあると解説する。

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 シャープが台湾の鴻海精密工業に買収されることを同社取締役会が認めた後で問題が発生した。承認された提案は、シャープが新たに発行する株式を鴻海が約4890億円で取得して議決権ベースで66.07%を握り、ほかにも銀行などが持つ株式を買い取るため、支援額は6500億円規模となる、というものだった。ところが、その後、3500億円にも上る偶発債務の問題が浮上して鴻海は精査する時間を求めている。
 
 通常のM&Aにおいては買収条件の算出にあたって債権・債務の詳細を専門家が調べ、それらを反映した正式契約が交わされる。シャープが鴻海に偶発債務の可能性を開示したのは取締役会の前日だった、と報道されている。しかし、時価総額が2150億円くらいになっているシャープにもし3500億円もの隠れ債務があれば、実質的には完全に債務超過になっているわけで、報道されているような“好条件”で買収するおめでたい会社はない。

 一方、そうしたことを精査しなかったのか、したけれども浮上してこなかったのかが解明されれば、両社の体質や性格が浮き彫りになる。これは「結婚話」には避けて通れない重要な情報であり、上場企業である両社は、企業社会のためにも、この点を公表すべきである。

 その経緯が明らかになるまで予断は許さないが、本稿執筆時点では、鴻海側はこの偶発債務は重大な問題にならないと判断して、正式合意に至る予定だと報じられている。

 いずれにせよ、本件を客観的に分析すると、政府系ファンドの産業革新機構ではなく、鴻海との提携のほうがメリットは明らかに大きかった、と私は見ている。

 なぜなら、産業革新機構の再建案は、事業を組み立てブロック玩具のLEGO(レゴ)のように「くっつけるだけ」であり、成否に大きな疑問符を付けざるを得なかったからである。

 一方、鴻海による買収のメリットは大きく三つある。一つ目は「ケタ違いのスケール感」だ。鴻海はアップル製品をはじめソニーのプレイステーション、任天堂のニンテンドーDSといったゲーム機やソフトバンクのヒト型ロボット・ペッパーなどを作っている売上高約15兆円、時価総額約4兆円の世界最大のEMS(電子機器の受託生産サービス)企業であり、部品を買ってくれる量が半端ではない。

 二つ目は「事業の切り売りはしない」ということ。産業革新機構の再建案ではソーラー事業を売却することになっていたが、鴻海は再チャレンジするかもしれない。というのは、シャープのソーラー技術はレベルが非常に高いからである。

 現在、世界のソーラー市場は低価格の中国勢に席巻されているが、中国を知り抜いている鴻海の郭台銘(テリー・ゴウ)会長がシャープの技術力を活用し、規模と資金力に物を言わせて参入したら、中国勢を凌駕する可能性があるだろう。

 産業革新機構の再建案では宙ぶらりんになっていたビジネスソリューション事業や電子デバイス事業についても、郭会長は維持すると思う。

 そして三つ目は「シャープのブランドをこよなく磨いてくれる」ということだ。前述したように鴻海はEMSとしては世界最大の企業だが、自前のブランドは持っていない。これまで作ってきたのは、すべて「他人様の製品」だ。このため郭会長は、いくら世界を股にかけて大々的にビジネスを展開していても、会社の知名度が低いせいで満たされない思いをしてきたと推察される。

 だから彼は他社の製品を注文通りに組み立てて決められた期日に納品するだけでなく、自分でゼロから設計した製品を作って自分で値段も発売日も決め、自前のブランドで世界に売ることを強烈に欲しているはずだ。となれば、彼がシャープを手に入れたら、ブランドを磨くための投資は惜しまないと思うのである。実際、鴻海は「シャープブランドの継続使用」を約束している。

 以上三つは、いずれも産業革新機構にはできないことであり、シャープにとっては願ったり叶ったりで大きなプラスとなる。海外企業の買収による液晶などの「技術流出」を懸念する向きもあったが、鴻海が知らない液晶技術などありはしない。そういう技術がシャープにあったら、経営破綻の危機に陥ることはなかったはずである。

※週刊ポスト2016年3月25日・4月1日号