イタリア人は織田信長をこう見た。モダニズムを体現する3人の作家

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 池澤夏樹=個人編集《日本文学全集》(河出書房新社)第15回(第2期第3回)配本は、第19巻『石川淳 辻邦生 丸谷才一』


この巻の収録作はこちら。
石川淳
・短篇小説「焼跡のイエス」(1946→『焼跡のイエス 善財』[講談社文芸文庫/Kindle]/『日本近代短篇小説選 昭和篇』第2巻[岩波文庫]『焼跡のイエス 処女懐胎』[新潮文庫]/『石川淳短篇小説選』[ちくま文庫]/ちくま日本文学全集第11巻『石川淳』所収)
・短篇小説「紫苑物語」(1956→『紫苑物語』[講談社文芸文庫/同Kindle/新潮文庫]所収)
・連作評伝『諸国畸人伝』(1957→中公文庫Kindle)より「小林如泥」「鈴木牧之」(前者はちくま日本文学全集第11巻『石川淳』にも所収)
・批評「江戸人の発想法について」(1943→『文學大概』[中公文庫]/『石川淳評論選』[ちくま文庫]/ちくま日本文学全集第11巻『石川淳』/『日本近代文学評論選 昭和篇』[岩波文庫]所収)
辻邦生
・長篇小説『安土往還記』(1968→新潮文庫)
丸谷才一
・中篇小説「横しぐれ」(1974→『横しぐれ』[講談社文芸文庫/Kindle]所収)
・短篇小説「樹影譚」(1987→『樹影譚』[文春文庫]所収)

東西古典文学の素養を持ち、英仏近代小説の手法に学び、そしてエンタテインメント性を追求する。学者肌の小説家が、3人揃った。

焦土・穢土のイエス・キリスト


 「焼跡のイエス」は第2次大戦敗戦直後の、焦土と化した都市風景が舞台だ。
 いわゆる「戦後文学」(石川淳は戦前から活躍していた作家だけれども)を読むと、このような滅茶苦茶に破壊された都市風景が国民の多くにとって「肉眼で体験し、そのなかに住んでいる生活世界」であったということを痛感する。読むたびにスゴいなと再確認してしまう。


 敗戦後1年たとうとしている1946年7月、閉鎖を控えた市場の喧騒のなか、語り手はひとりの印象的な少年と邂逅する。
 身にまとったボロと、できものだらけの皮膚との境目がはっきりしない、泥人形のようなその少年の姿を見て、語り手はこれはまるでイエスのような存在ではないかと思う。

この話にはいちおうのオチがあり(ネタバレはしませんが)、しかしそのオチのあとになお、語り手は少年をイエスと呼び続ける。語り手を取り巻く世界が読者を裏切るが、そのあと語り手自身も読者を裏切るというべきだろうか。
 読者のイエス像をいわば2度にわたって問う、あるいは験すかのような構造になっているのだ。

ダンディなハイカラ不良


 「焼跡のイエス」では、文はうねくねと息長く、なかなか「。」に行き着かないし、独特の笑いのセンスを備えている。この2点においては江戸戯作のような体質の短篇でありながら、象徴詩につうじる幻想味をも帯びていた。

ところが「紫苑物語」では一転して、言葉をそぎ落とし絞りこんだ短文の連続。アゴタ・クリストフの『悪童日記』(ハヤカワepi文庫/Kindle)みたいな、乾いた文がぶっきらぼうなぶつ切れ状態で続く。


 冒頭の一文が、
〈国の守〔かみ〕は狩を好んだ〉
シンプルこの上ない。このギアチェンジ。。石川淳という人はダンディなハイカラ不良だなあ。

国の守・宗頼はあたら和歌の才能を捨てて弓の術を磨き、〈知の矢〉〈殺の矢〉を経て〈魔の矢〉の道に踏みこんでしまう。なんだろう、弓矢の世界における「ダークサイド」みたいなものか。
 宗頼は敵をどんどん殺し、その業を背負っていく。あるとき、平太という磨崖仏師(って言葉はないが)が、その業を見抜く。魅力的な対決であり、僕の脳内ではこれ、もうすっかり井上雄彦の単色の絵で映像化されている(ちなみに「焼跡のイエス」はジョージ秋山)。

石川淳は批評の分野でも知られている(というか本巻収録の作家は3人全員そう)。本巻には「江戸人の発想法について」と並んで、評伝紀行という特殊なスタイルの連作ノンフィクション『諸国畸人伝』から、出雲の左甚五郎と称された小林如泥(1753-1813)と、雪国の生活誌として江戸のベストセラーだった『北越雪譜』(1837-42)を書いた魚沼の商人・鈴木牧之(1770-1842)を論じた回も収録されている。


 完全に個人の感想だけど、僕は「日本海側文化ファン」なので、この2篇のチョイスに大満足です。
 『諸国畸人伝』はもう滅茶苦茶におもしろいので、全体を読んでいただきたい! 


一人称の歴史小説


恥ずかしながら、この巻ではじめて辻邦生の小説を読んだ。
 『小説への序章』と『言葉の箱 小説を書くということ』という2冊の小説論を読んだだけで、小説は2冊ほど、初期作品を書庫に積んだままにしていた。

辻邦生は、その漏れ聴こえてくる評判から、ヨーロピアンでハイソなイケメン感(作者はじっさいにイケメンだが)がどうもちょっと気恥ずかしくて、なんというか、
「デパートの美術展に行くのが趣味の人が居間のソファで紅茶のカップを持った小指を立てたまま読みそうなイメージ」
とかいったたいへん失礼な先入観を持ってしまい、そのせいで近づけなかった。読んでもいないのに。

だから僕はいま、辻邦生の小説は本巻所収の『安土往還記』しか読んでいない状態で、この文章を書いている。

この長篇は、16世紀イタリア出身の(でも聖職者ではない)人物が友人に宛てた手紙(報告)を、その仏訳から重訳した、という体裁となっている。
この人物〈私〉は、ポルトガル、メキシコを経て航海のすえ来日し、偶然が重なって織田信長を間近で「観察」する巡り合わせとなった。

どうも信長という人は規格外の人物だったという伝説があり、小説でも坂口安吾が「織田信長」、「信長」と2回も取り上げ、宇月原晴明の『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』ではアントナン・アルトーの『ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト』の主人公である3世紀初頭ローマの少年「狂帝」とのコラボレーションが実現した。


日本の明治以前を舞台とする小説では、原則として登場人物が語り手になることがほとんどない。
詳しく説明すると長いからはしょるけれど、明治維新以前の日本を舞台とした歴史小説や時代小説で登場人物を語り手に据えてしまうと、近代以前の人物にいかにも近代的な「小説の語りの自意識」をもたせることになってしまい、いろいろ都合が悪いのだ。というのも、日本語の世界では小説の語りという仕掛自体が「近代」的な意味合いを持ってしまっているからだ。
岡本綺堂の『半七捕物帳』が一人称で成立しているのは、聞き書きスタイルだから(そして、語っている時点は明治維新後だから)だと思う。


だから『安土往還記』は、ポルトガル人フロイス(1532-1597)やイタリア人ヴァリニャーノ(1539-1606)、スペイン人カブラル(1529-1609)といった来日イエズス会士や秀吉らの歴史ヒーローが登場する歴史小説ながら、西洋人の一人称で語るだけで、通常の歴史小説の語りの語彙とは違ったレパートリーの語彙を持つことになる。そこで新鮮な味わいが発生する。


小説にイケメン感が漂っているのは想像どおりだったけど、『安土往還記』は読んでよかった。先入観ってよくないね。
読んだ数日後に、信長について一所懸命考えるという夢を見たのは事実です。

メタ・ファミリーヒストリー


丸谷才一の中篇「横しぐれ」は特異な探偵小説である。


語り手である日本文学研究者は、医師であった父が生前に語ったなにげない思い出話に登場する乞食坊主が、自由律俳人・種田山頭火だったのではないかと思い立つ。あらゆる証拠を動員してそれをなんとか立証しようとするが、調査の成果によってべつの意外な事実がぽろぽろ出てくるのがおもしろい。


推理の手がかりとなるのがしばしば文学書と文学研究書なので、北村薫の『六の宮の姫君』をちょっと思わせるテイスト。


短篇「樹影譚」は超のつく大好き作品で、メタフィクション的な入れ子構造を持った一種のホラーだ。


こちらも家族の物語。小説家・古屋の前に姿を現した謎の老女。彼女の語りによって、古屋が一種のアイデンティティクライシスへと導かれる──
こんな要約ではなんのことかわからないだろうし、第一これが正確な要約ではありえないのだけど、これ以上書くとネタバレしそうなのだ。
50頁ほどのなかにいろんな仕掛があって、これはルービックキューブとかと同じで、僕なんかの話をきくよりじっさいに手にとって動かしてみるのが早い。

文学「全集」という矛盾した名詞


この巻に収められた作家は、いずれもがっしりとした長篇小説で知られる。とくに辻邦生は何巻にもおよぶ大河小説の書き手である。
いっぽう、文学全集というのは紙数が限られている。それを収録していたのでは何頁あっても足りない。それで、いきおいサンプラー的に、中短篇か短めの長篇を入れることになってしまう。

文学「全集」という名詞は実態と乖離した誇大な名称。でも、それでいいのだ。
どの文学全集であれ、その務めは読者に、これまで読んでいなかった作家・作品との出会いを作ることにあるのだから。

とはいえ明治から昭和戦前までは、近代日本文学は短篇のほうがさかんだった。
夏目漱石や島崎藤村のような長篇中心の作家より、短篇中心の作家のほうが、文学全集という器には有利だ。
芥川龍之介や梶井基次郎、宮沢賢治、中島敦といった国語の教科書でおなじみの作家たちは短篇ばかり書いた。ということで──

次回は第16回(第2期第4回)配本、第16巻『宮沢賢治 中島敦』で会いましょう。


(千野帽子)