18日、「匠の精神」が中国で話題になればなるほど、日本で買った爪切りを思い出さずにはいられない。

写真拡大

2016年3月18日、「匠の精神」が中国で話題になればなるほど、日本で買った爪切りを思い出さずにはいられない。見ためはシンプルだが、初めて匠の精神の魅力とそこから生まれる経済的な利益をこの身で感じさせられた一品だ。南方日報が伝えた。

今年1月、出張で日本に行き、帰国前にちょっとした手土産として化粧品などを買おうと思い、ごく普通のドラッグストアに立ち寄った。そして棚に並べられたやわらかいプラスチック製の箱に入れられ、やや誇張した感じの爪切りに目をとめた。価格は1100円、人民元に換算すると70元ちかい。

中国国内のスーパーなどで普通に売っている爪切りは普通せいぜい数元程度。ではこの「日本製」爪切りはなぜ70元もするのだろうか?ネットで調べてみると、中国国内の多くのネットユーザーがこのブランドの爪切りを高く評価していたので、試しに買ってみることにした。

帰国して仏山に戻り、使ってみると、すぐにその違いを知ることになった。簡単に言うと、切れ味が違う。爪を切る時の動作がとてもスムーズなのだ。家にある別の爪切りでやや厚い爪を切ろうとすると、時にかなり力を入れなければならなかったり、切った爪が飛び散ったりすることがあった。以前はこんなことは避けられない普通のことだと思っていた。しかしこの日本の爪切りはそんなこともなく、切った爪が飛び散るようなこともとても少なくなった。これは私が爪切りのために「利用者の声」を書きたいと思った初めての衝動だった。

資料によれば、この爪切りを販売するのはすでに100年の歴史をもつ企業だという。長い歴史の中で十数グラムの合金素材に何代もの職人たちが新しい金属材料、鋳造技術、科学構造という手を加え、新しい生命を注ぎ続け、その品質と名声を今日まで継承し続けており、最終的に製品の価格レベルという経済的利益に転化させている。これはマーケットが匠の精神に与える最大のフィードバックと言えるだろう。

爪切りは一連の疑問を投げかけてくる。利益がとても低い非常に多くの工業製品には本当にもう価格を引き上げる可能性は無いのだろうか?これらの製品は性能や利用者の体験、品質などでもうすでに究極のレベルまで作り上げているのだろうか?どのような内的または外的要素から企業は匠の精神という方向を目指すことをしないのか?

こうしてみると、多くの企業にはそれぞれ匠の精神に関する物語があり、しかもそれはロマン主義と理想に満ちているが、実際企業は優勝劣敗で淘汰されていく過程で、より高い利潤を求めることが生き抜いていく一種のモデルとなっている。客観的にも匠の精神には多大な投資が必要であるにもかかわらず、100%企業が生き抜いていけるという保証はない。しかしながら、企業が製品の優れた付加価値と企業の長期的な存続を望むならば、必須の選択だろう。

生産能力が過剰で、経済が高度成長に別れを告げる新しい段階において、仏山の製造業が発展していくにはより高い産業レベルと製品レベルが求められ、「新たな供給」を生み出していく必要がある。ロボットの製造にしても、タイルや醤油、家具に新技術を導入して革新していくにしても、匠の精神を堅持することが要だ。この「過剰」の時代を迎えた今、これは伝奇的なやり方としてではなく、必然の選択だろう。(提供/人民網日本語版・翻訳/TG・編集/武藤)