今夜最終話「火村英生の推理」火村とアリスの絆

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「臨床犯罪学者 火村英生の推理」第9話「地下室の処刑」は、火村が走り、アリスが叫び、小野刑事が火村に今までの非礼を詫び、貴島朱美が火村に弟子入りを志願して断れ、そして諸星沙奈江を演じる長谷川京子がいつものようにニヤニヤしていた回だった。


うん、だいたい合ってる。ラス前ということでもろもろの人間関係や、これまで宙吊りにされていたことなどに方向性が示された。その中では乱暴な処理がされて、ちょっと疑問に感じることもあった。たとえば鍋島刑事が拉致されたアリスを指して「仲間ですから」と言うのは、いくらテレビ的に省略が必要だとしてもどうか。鍋島刑事(原作には登場せず、海坊主と呼ばれる船曳警部や鮫山警部補など、複数のキャラクターを合成して作られたドラマオリジナルの登場人物)はそういう熱い男だった、ということなのだとしても、警察官が外部の人間を安易に「仲間」と呼ぶことにはどうしても疑問を感じてしまう。「私たちの大切な人」とか「恩人ですから」というような表現だったら、納得したんですけどね。

火村とアリスの絆


護送車から逃走した諸星沙奈江は、尋問者として会った火村英生に興味を示し、彼に再接触をもくろむ。囮の餌として狙われ、虜にされたのがアリスだったのだ。諸星からの電話で友人が危地に陥ったことを知った火村は、いつもの平静さをかなぐり捨てて走り回る。夕食はアリスも交えて鍋にしよう、と下宿で話していた火村は、時絵さんにこう言って連絡した。

「時絵さん、今夜は少し遅くなるかもしれません。でも必ずアリスを連れて帰りますから」

今回の原作は2001年秋に雑誌発表され、2003年の『白い兎が逃げる』に収録された短篇「地下室の処刑」である。「異形の客」でお目見えしたテロ組織・シャングリラ十字軍が二度目の登場を果たした作品でもあるので、ドラマで使われるだろうということは早い段階で予想がついた。原作とドラマの最大の違いは、組織に囚われるのが森下刑事(ドラマでは坂下刑事)である点だ。改変は火村を本気にさせ、アリスが処刑されてしまうかもしれないというスリルを視聴者に味わわせるためだろう。もう一点、「異形の客」に顔を出していたシャングリラ十字軍のメンバー、鬼塚も本編には登場している。

作中の火村はほぼアリスのために駆けずり回っているのだが、印象的なやりとりがあった。前回逮捕された、アポロンこと坂亦容疑者を尋問したあと、彼の逮捕に貢献した貴島朱美と会話した際の台詞である。
殺人者に3人も会ってしまい、彼らの内面の歪みを見たことで不安になった貴島は、火村に助手入りを志願する。そうしなければ、暗い面に押し流されてしまいそうだから。それに対して火村は答える。

「断る。アリス以外に助手を必要に思ったことは一度もない。俺の助手はあいつだけでいい」

火村が血迷って首を縦に振ってしまいやしないかとハラハラしていた原作ファンは、この言葉を聞いて快哉を叫んだのではないか。火村とアリス、アリスと火村、やはり2人の紐帯は特別なものなのだ。

ぎりぎりの推理


今回の「地下室の処刑」は、日常を超越した、特殊状況における論理によって行われた犯罪を描いた一話だった。ミステリーは、犯人(who)、不可能状況の技法(how)、犯人の内面・動機(why)の順で解くべき謎を増やし、深化してきた。作家アリスシリーズの作者である有栖川有栖が愛好してやまないエラリイ・クイーンにしても、中期以降は犯人の異常な動機を俎上にし、初期の犯人捜し作品とは風合いの異なる作品、ミステリー史に必ず残るであろう傑作を産み出し続けたのである。その中で最大の異色作と言われるのが『第八の日』だ。コンビ作家であるクイーンはユダヤ系の出自を持ち、旧約聖書に並々ならぬ関心を持ち続けた。その志向が貫かれた、奇跡のような一作である。

「地下室の処刑」で呈示される謎は極めて単純なものだ。
いずれ死ぬと判っている相手を、犯人はなぜわざわざ毒殺しなければならなかったのか。同様の謎を扱った作品にはたとえば、法月綸太郎の「死刑囚パズル」(『法月綸太郎の冒険』所収。こちらも探偵の名と作者が同じ、クイーンの息子たちというべきシリーズだ)など他にも作例があるが、動機の醜悪さという点では「地下室の処刑」のそれが抜きん出ているように思われる。これに対抗しうるのは、アガサ・クリスティーの某長篇くらいなのではないか。ドラマの決め台詞を借りるならまさに「この犯罪は美しくない」のである。

特殊状況の論理という内面に向かうベクトルを逆転させると、別の作品群が見えてくる。たとえば、探偵たちが火山噴火という天変地異に遭遇し、死が眼前に迫った状況下で謎解きに挑戦する『月光ゲーム Yの悲劇'88』だ。容疑者が全員、探偵も含めて死亡してしまえば、謎解きなどなんの意味もない。それでも探偵は存在証明のように謎を解くのである。こうしたぎりぎりの状況下での推理は、クイーン『シャム双子の謎』などの諸作を雛型として現在も書き続けられている。有栖川作品では、すべての探偵行為が違法とされた世界で、それでも両親の遺志を継いで探偵であろうとする主人公を描いた空閑純シリーズ(『闇の喇叭』他)もそれに該当する。探偵は他の何かではなく、推理のために推理をする存在なのだ。

そして「ロジカル・デスゲーム」へ


何回か前のこのレビューで、有栖川有栖氏にお会いしたときのことを書いた。
ドラマの原作として何が採用されるか事前には聞かされていないという有栖川氏は、「たぶん最終回には『ロジカル・デスゲーム』が使われるんじゃないかと思うんですよねえ」と予想していたのである。
見事に的中。
今夜放送の最終回では、火村英生と諸星沙奈江との最終対決を描いた作品として「ロジカル・デスゲーム」(『長い廊下のある家』所収)が採用された。火村を自分の同類と見なし、その本性を引き出そうとする諸星は、いったい何を仕掛けてくるのか。原作中でも屈指の鋭さを誇る短篇だけに、映像化にも期待したい。今夜の放送が楽しみである。
(杉江松恋)