「創」(創出版)2016年4月号

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 山口組の分裂騒動が混迷の度合いを増している。

 先月15日に新宿歌舞伎町で起きた小競り合いを皮切りにしばらく続いていた膠着状態が破られ、以降20件以上の諍いが起きている。結果、今月7日には、警察庁が両団体は「対立抗争状態」にあると認定するにいたった。その後も、14日には富山市の住宅街で発砲事件が発生。これから激化する抗争を見越して拳銃の密売価格が高騰しているとの情報まで出始めている。

 昨年の山口組分裂騒動以降、暴力団に関する報道が一気に加熱。「週刊大衆」(双葉社)、「週刊実話」(日本ジャーナル出版)、「アサヒ芸能」(徳間書店)といった、これまで継続的にヤクザ報道を掲載していた実話系雑誌のみならず、一般誌や大手新聞まで盛んにこの件を報道し続けているのはご存知の通りだ。

 その渦中、ヤクザ取材をメインに活動している記者やライターはどんなカオスに放り込まれていたのか。『ヤクザ専門ライター 365日ビビりまくり日記』(ミリオン出版)や『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文藝春秋)などの著書をもつライターの鈴木智彦氏は「創」(創出版)2016年4月号で、その舞台裏を綴っている。

〈山口組の分裂は、私を含め、暴力団記事を生業とする書き手の全ての仕事と収入を増加させた。しかし、同時に大きな試練にもなった。分裂報道では、中途半端な立ち位置が通じない。平時の時の記事とはなにもかもが異なる〉

 神戸山口組の側に立って記事を書くのか、それとも、6代目山口組の味方をして記事を書くのか。ヤクザ取材を行う者たちは、山口組取材において微妙なポジション取りを迫られることになる。

〈山口組にとって、分派した神戸山口組は造反者であり、裏切り者であり、自分たちの名を語る不届者である。逆にいえば、神戸山口組にとって、古巣の山口組は我が身を捨て、戦って当然の仇敵なのだ。敵味方に分かれた以上、どちらかの優位を書けば、そのまま反対側の不利をあげつらうことになる。下手をすれば、相手側を取り上げるだけで反対側の不平不満を誘発する。
「神戸山口組やと! 神戸は山口組の本拠地や。パチモンを神戸言うな!」
 対話の中で理不尽に怒鳴られたことは数知れない。いちいち真に受けていたら病むので、適当に流す〉

 山口組分裂に際し、メディアを媒介した「情報戦」が行われていたのだが、それは同時に、記者やライターに「苛酷な板挟み状態」を生み出したのだ。鈴木氏は当サイトの取材に対して、その体験をこう振り返る。

「取材してくるメディアに対し「自分たちにとって有利な情報を書かせよう」というネタ提供者の意図が透けて見えることがとにかく多かったですね。「今すぐ来いや」と何十回も神戸などに呼び出されて、月に100万以上取材費に使ったんですけど、いざ取材してみたら「のっけからウソ」ということだらけでした。「お前はなんでオレたちの思い通りにならねえんだ!」と怒鳴られたこともあったり。まあ、そこまで居直られるとむしろ気持ち良い感じすらしましたけどね(笑)」

 しかし、この「苛酷な板挟み状態」を生み出してきたのは、それまで続けてきたヤクザ取材のやり方にも原因があった。鈴木氏は『ヤクザ専門ライター 365日ビビりまくり日記』のなかで、こんなヤクザ取材の内幕を明かしている。

〈週刊誌でヤクザ記事を載せている週刊大衆、アサヒ芸能、週刊実話なんかは、山口組に記者の自宅住所まで提出し、つまり山口組の不利益になることは書きませんと宣言して、年末の餅つき等に入れてもらってる〉

 取材対象者であるヤクザとこのようなズブズブの関係になってしまったせいで、現在これら実話系週刊誌は〈「お前はどっちの味方だ」という踏み絵を突きつけられ〉ているという。

『ヤクザ専門ライター 365日ビビりまくり日記』は山口組分裂が表沙汰になり始めたのと同じ昨年9月に出版されたものだが、鈴木氏はこの時からすでにヤクザ報道が抱える問題を指摘している。

〈俺の暴力団取材も、ぼちぼちこれまでのスタイルを変えなければならない。いまの実話誌は、完全に暴力団の支配下に置かれてしまったからだ。御用記者に徹する限り、義理場の表層的な取材は出来ても、その見返りが求められる。たとえば警察に直参が逮捕され、新聞で報道されていながら、それすら報道する自由さえ失われる。昔からヤクザにとって都合のいい部分だけ記事に書き、その反対の記事を避ける傾向は強かったが、もはや完全な広報誌になってしまった感がある。この村にいる限り、言い方を変えれば暴力団の言いなりになっている限り、もはや一種の企業舎弟と判断して差し支えない〉

 ただ、現場の人間が問題を認識していながら、なかなかその取材手法を変えることができなかったのには理由がある。

〈自身、御用記者から抜け出したいとあがいてきたことは事実だが、今以上にそうしたいと願うなら、よほど腹を据えなければならぬ。暴力団のすべてから取材拒否をされるかもしれないし、恫喝はいま以上に厳しくなるだろう。極端に言えば、暴力が行使される覚悟もいる。問題は家族だ。暴力団が家族を襲撃しない、などというのは完全な幻想である〉

 安全かつスムーズに取材を行うために築いたヤクザとの親密な関係。しかし、それは分裂が起きて利害関係が発生するや否や「踏み絵」となって、メディア関係者に襲いかかってきたのである。

 最後に、本稿のテーマとは少し逸れるが、やはり気になる山口組分裂騒動の今後について鈴木氏の予想を聞いてみた。

「殺人事件が起こるか否か、というのが泥沼化していくひとつの節目だと思うんです。例えば、直参が殺されるとかそういう事件が起きると一気に事態は変わっていく。でも、いまの状況を見ていくと、両者ともそこまでは踏み込めないんだなと感じます。このままでは抗争にはなっていくと思うんです。山口組をもう一度ひとつにするための交渉のテーブルにすらつけない状態ですから。でも、組長の使用者責任に関する問題だったり、暴力団対策法だったり、かつてのような激しい抗争のかたちにはならない抑止力が働いている。この先どうなるかはちょっと予想がつかないですね」

 ヤクザを専門にする記者ですら予想のつかない今後の展開。いずれにせよ、市街地に血の雨が降るような抗争に発展しないことを祈るばかりだ。
(井川健二)