イスラエル・クリスタルさん(画像はギネスワールドレコーズ社の公式HPより)

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 先頃(3月11日)、イギリスのギネスワールドレコーズ社は、世界の最高齢の男性に、イスラエル在住のイスラエル・クリスタルさん(112歳・男性)を認定した。これまでの記録保持者である日本の小出保太郎さんが、今年1月に112歳で亡くなったためである。

 イスラエルさんは、1903年にポーランドで生まれ、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を経験している。ナチスによるポーランド占領下で、アウシュビッツ強制収容所へ送られ、体重37キロまでやせ細った。

 通常、ホロコーストのような過酷な体験をした人は、心の大きな傷、つまりトラウマを抱え、後々まで心身にさまざまな影響を及ぼすことがあるのは、心的外傷後ストレス障害=PTSD(Post-traumatic stress Disorder)として、今日、広く知られている。

 PTSDの症状は多岐にわたり、抑うつや不安障害など精神的なものも、呼吸困難や疼痛などの身体的不調も、複合的に現れる。心身への負担ははかりしれず、病気になるリスク、ひいては寿命を縮めるリスクを十分に抱えている。

 そのため、イスラエルさんのギネス記録は、驚きをもって世界に伝えられた。

トラウマは「正の反応」を導くこともある

 ところが実のところ、ホロコーストを生き延びた人は、そうでない人に比べて寿命が長いという研究論文が発表されている。

 イスラエルのハイファ大学の心理学部が2013年7月、ユダヤ人5万5220人を対象にした研究で、ホロコースト生還者報告は未経験者に比べて平均6.5か月、寿命が長いことを報告しているのだ。

 研究者のアブラハム・S・シュワルツ氏自身、これは予想外の結果だったようで、研究論文のタイトルは「Against All Odds(あらゆる予想に反して)」とされているのが印象的である。

 このように、従来のネガティブな面に反し、近頃はトラウマをバネに、むしろ力強く生きるポジティブな面が注目され始めている。「心的外傷後成長=PTG(Post-traumatic Growth)」、あるいは「心的外傷後成功=PTS(Post-traumatic Success)」などと呼ばれる現象だ。

 つまり、トラウマはストレス障害という負の結果だけを残すのではなく、正の反応を導くこともあるというのだ。これは、ただ傷ついた心が戻るというレベルではなく、トラウマ体験の前よりも強くなったりたくましくなったりと成長が見られることを指す。あるいは、トラウマを経験したからこそ偉業を成し遂げる成功ケースもある。

 先のハイファ大学の研究報告からは、ホロコーストの生還者は、結果的に成長や成功を手にし、ポジティブな人生感を持っていたであろうことが示唆される。人間の寿命を延ばすのは、どんな心情であれ、ポジティブな状況なのだから。
「長寿の秘密はわからない。できるだけの勤労と、失われたものを再度築くこと」

 PTGの研究は、近年、心理学の分野で世界的に広がっているが、ここでの「Growth=成長」は、単に「自己成長しよう」という精神論的なものではない。社会的背景などが絡み合い、内的・外的な要因が相互影響した結果としての現象である。人は環境の生き物だ。ホロコーストが人々にPTGをもたらすに値する、社会的な認知や補償があったことは非常に大きい。

 また、ポジティブな変化は、あくまで可能性のひとつであり、トラウマは筆舌にしがたい辛く重い体験である。それは他者が客観的に評価できるものではなく、その人の心の内で、ずるずるとどこまでもついて回る、途方もない存在だ。

 イスラエルさんの内面で、ホロコーストを経てどんな変化が起きたのかは定かでないが、インタビューの質問に対し、「長寿の秘密はわからない」「やるべきことは、できるだけの勤労と、失われたものを再度築くことだった」と答えている。

 今回の発表は、人は脆さも抱えているが、限りない力強さも備えているという、希望的で、それこそポジティブなニュースといえるだろう。
(文=編集部)