農村の住民を郊外のニュータウンに移転させる「都市化」をダイナミックに進めている中国。その手法の是非を問う議論が盛んに行われているようだが、日本における「都市化」の経験を参考にせよという声もある。中国メディア・澎湃が9日に紹介したのは、石炭を運ぶ運河の街として栄えたのち衰退し、その後著名な観光地として復活を遂げた北海道・小樽のモデルだ。(イメージ写真提供:(C)Hayasi Yuusuke/123RF)

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 農村の住民を郊外のニュータウンに移転させる「都市化」をダイナミックに進めている中国。その手法の是非を問う議論が盛んに行われているようだが、日本における「都市化」の経験を参考にせよという声もある。中国メディア・澎湃が9日に紹介したのは、石炭を運ぶ運河の街として栄えたのち衰退し、その後著名な観光地として復活を遂げた北海道・小樽のモデルだ。

 澎湃の記事は、近代に石炭をはじめとする貨物の集約地として繁栄を築いた小樽が、その後炭鉱業の衰退や大型貨物船の普及により衰退し、1970年代までには「がら空きの倉庫、悪臭漂う運河」という状況になっていたと紹介。

 そこで行政が運河の大規模な埋め立てを柱とする都市再開発を計画したが、73年に小樽市民が「運河保存協会」を立ち上げて埋め立て反対運動を展開、全国的な話題となり10万人の署名を集めたと伝えた。その後、行政と住民の間の「せめぎ合い」によって、ある程度の歴史的風貌を残す一方で運河の一部を埋め立て、経済発展に寄与する形での再開発プランが最終的に決定したと解説している。

 そして、85年には訪問者が270万人、92年には500万人を越えるなど、小樽運河地域は一大観光地として成長したことを紹介。その背景には「住民の現在の生活を破壊せず、現地の文化的命脈を最大限保ったうえでの再開発により、単なる観光地のみならず、生活の息遣いも感じられる場所となった」ことがあると論じた。

 また、「既存の者を保ちながら現代的な生活を体現する街づくり」のために、日本では中央政府・地方行政とNPOやNGOといった民間組織が対立や完全依存という関係ではなく、互いに対話をしながら協力しあうことで問題解決に当たっていると解説。「生活環境をより良くするカギは、正に周囲の環境に関心を持っている住民なのである」、「公民社会がしっかり育っているかが、実は街区や都市、国の発展、文化の発展の未来を決定するのだ」としている。

 都市の再開発では、行政の構想と現地住民の思いが必ずしも一致しないことがある。そこで、互いの間にある溝を埋めるべく対話や協力を進めていくが、中にはなかなか妥協点が見いだせないケースもあるだろう。しかし、現在の中国における「都市化」では往々にして「住民の思い」がないがしろにされており、行政と住民が「せめぎ合い」あるいは対話、協力をするチャンス自体が設けられていないと言える。

 強力なトップダウンによる措置、「とりあえず進める」姿勢は、スピード感という点で優れてはいる。しかし、スピードの犠牲として種々の問題点が次々と出てくるという「諸刃の剣」であることを忘れてはならない。地域、国の発展、そして何よりも住民にとってプラスとなるような、中国式「都市化」モデルの模索は、まだまだ続くことになりそうだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:(C)Hayasi Yuusuke/123RF)