思うような結果を残せず、室屋義秀が悔しさを露わにしたことは、これまでにもある。

 昨季第3戦(クロアチア・ロヴィニ)では、怒りに震えるように大きな叫び声を上げ、同第4戦(ハンガリー・ブダペスト)では、ぼう然とした様子で視線を宙にさまよわせた。どちらのレースも、自らのミスによってラウンド・オブ・14(以下、R14)で敗れた不甲斐なさを悔いてのことだった。

 だが、この日は違った。思わぬ敗退でレースを終えた室屋の顔には、悔しさを通り越し、もはや、あきれたようなひきつった笑いが浮かんでいた。

「何か違うゲームをしているみたい。レースをしている感じじゃなかった」

 なかば冗談めかした口調で話してはいるものの、それは間違いなく、室屋の本心だった。

 レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ2016の開幕戦(UAE・アブダビ)は、よもやの展開に見舞われた。室屋は予選のフライトを終えた段階で、「今回は波乱が、いや、大波乱が起こるかもしれない。その波に飲まれないようにしないといけない」と話していたが、終わってみれば、室屋の予感は現実のものになってしまった。

 ときにエアレースは、天候によって波乱が生まれる。風の変化などが、その最たるものだ。しかし、今回の波乱の「立役者」は飛行機内部――コックピットの後ろあたり――に設置された金属製の小さな箱。その正体は、フライト中のG(重力)を計る計測機器だ。室屋は言う。

「Gの計測システムは、昨季のものから変わらないということだったので、それに合わせて機体をセットアップしてきた。ところが、アブダビに入り、トレーニングセッションでレーストラックを昨季と同じように飛んでみると、簡単に12Gまで行ってしまった」

 室屋の頭のなかは「?」マークだらけである。急激な操作をすると、瞬間的に数値が跳ね上がってしまうのか、あるいはちょっとした振動を感知してしまうのか。いずれにしても、「実際より2Gくらいは数値が高く表示される」というのが、室屋の実感だった。

 現在のレッドブル・エアレースでは、パイロットの安全を確保するため、レース中の最大荷重が10Gに制限されており、これを超えるとDNF(Did Not Finish)となり、その時点でフライト終了となる。つまりは、昨季と同じ感覚で飛んだのでは、即失格となってしまうのだ。

 とはいえ、Gを抑えようとして大きくターンすれば、今度は観客の安全を守るセーフティラインを超えてしまう。これはこれでDQ(Disqualification)となり、失格である。

 まさに八方ふさがりの事態に、パイロットたちはなすすべなくDNFやDQを連発。予選のフライトでは、実に全14人中8人のパイロットがDNF、またはDQを犯した。

 これはかなりの異常事態である。当然、パイロットたちは「Gの計測システムが変わったのではないか」と、レースディレクターを問いただした。しかし、回答は「何も変わってはいない」の一点張りだった。

 もちろん、原因がはっきりしない以上、パイロットが絶対に正しいとは言い切れない。レッドブル・エアレースには世界トップレベルの腕利きパイロットが集結しているとはいえ、ミスは当然起こりうる。

 だとしても、1回ミスを犯せば、それを修正できるのが名手の腕。記憶に新しいところで言えば、室屋は昨季、千葉での第2戦でオーバーGを取られてラウンド・オブ・8(以下、R8)で敗退したものの、それ以降、今回のレースまでの間にただの一度もオーバーGを犯してはいない。ところが今回は、室屋に限らず、多くのパイロットが何度もオーバーGを繰り返したのである。

 しかも、同じライン取りをしたフライトでも、こっちはアウトであっちはセーフ、というような例もあり、パイロットたちはますます疑心暗鬼になっていく。センサーの感度が変わっているのか、中身のプログラミングの変更(あるいはバグ)でオーバーGの基準が低くなっているのか。理由ははっきりしないが、昨季と同じでないことだけはどうやら間違いない。

 パイロットたちは手探り状態のまま、やむなく本選のレースに臨むしかなかった。

「まだ(計測システムの傾向を)つかみ切っていないという感じ。というより、そもそもデータが安定しているのかっていう疑問がある。昨季のフライトをしていたら毎回12Gオ−バー。一発でアウトだから」

 室屋は吐き捨てるようにそう言うと、不安を抱えたまま本番に向かっていった。こんな状況のまま行なわれたレースが、順当に進むはずはない。

 R 14では、マット・ホール(昨季年間総合2位)がターンの難しさを意識し過ぎたのか、痛恨のパイロットヒットで早くも敗退。マルティン・ソンカ(同4位)もDQを犯して姿を消した。さらにR8では、室屋(同6位)がオーバーGを取られてDNF。最後のファイナル4でも、ハンネス・アルヒ(同3位)がDQを取られて失格となった。

 昨季の年間順位上位者が次々に姿を消す大波乱のレースは、終わってみれば、昨季年間総合9位のニコラ・イワノフが優勝。2位は同5位のマティアス・ドルダラーだったが、3位には何と昨季年間最下位(14位)のフランソワ・ルボットが食い込んだ。これが競馬なら、まさに百万馬券級の3連単である。

 言い方は悪いが、機体性能が比較的低く、スピードが出ない飛行機のほうが急激な動きをすることができない分、この計測システムとは相性がよかったのかもしれない。室屋はレース後、しばらくして落ち着きを取り戻すと、顔をしかめて語った。

「注意していたのに、(波乱の波に)飲まれてしまったと言ってもいい。機体の性能を考えたら、もう少しスピードを落としてもよかったのかもしれない。1年間のゲームを戦ううえで、この先、もっといろんなことが起きるはずだし、それに対応していかなきゃ年間でトップにはなれない。それを考えれば、今日のレースは僕の負け」

 新たなGの計測システムとの相性の悪さは、現段階ではいかんともしがたい。どれほど機体のセットアップがうまくいき、自身のフライトが安定していても、それを一度のオーバーGでパーにされたのでは、世界チャンピオンの座は遠のくばかりだ。

 室屋は「これをはっきりと分析して攻略するのは簡単ではない。というより、超難しい(苦笑)。すごくセンシティブで、昨季だったらセンサーが反応しなかったところでも、過剰に反応してしまう」と語り、頭を抱える。

 今季から新規導入すべく開発を進めてきたウイングレット(主翼の先端に付ける小翼)の使用を、開幕直前にレース主催者側からストップされたのに続き、またしても室屋に思わぬ難題が降りかかった。

 それでも、努めて気持ちを切り替えるように、室屋は「勝てるレースだったので、悔しいは悔しいけど、フライトはかなり安定していたと思うし、シーズン初戦としては悪くなかった」と言い、難題攻略にも自信をうかがわせる。

「逆に言えば、みんなが引っ掛かっている間に、自分がそこ(Gの計測システムへの対応)をクリアできたら、かなり有利になる。さすがにまだ答えは出ていないけど、次戦まで、まだ1か月あるからセットアップできるだろう」

 4月23、24日、オーストリアのシュピールベルグで開かれる第2戦。これが、千葉での第3戦(6月4、5日)の前に行なわれる、最後のレースとなる。地元での大一番を前に、確かな浮上のきっかけをつかんでおきたいところだ。

■レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ第1戦(アブダビ)最終順位
1位 ニコラス・イワノフ(フランス)
2位 マティアス・ドルダラー(ドイツ)
3位 フランソワ・ルボット(フランス)
4位 カービー・チャンブリス(アメリカ)
5位 マイケル・グーリアン(アメリカ)
6位 ピート・マクロード(カナダ)
7位 室屋義秀(日本)
8位 マット・ホール(オーストラリア)
9位 フワン・ベラルデ(スペイン)
10位 ハンネス・アルヒ(オーストリア)
11位 ナイジェル・ラム(イギリス)
12位 ピーター・ポドランセック(スロベニア)
13位 ペトル・コプシュタイン(チェコ)
14位 マルティン・ソンカ(チェコ)

浅田真樹●取材・文 text by Asada Masaki