先週末、小倉新監督率いる名古屋グランパスが、川崎フロンターレに2対3で競り負けた。細かいパスを繋ぎながらヒタヒタと押し寄せてくる川崎に対し、名古屋はCFシモビッチの高さ(199センチ)を生かしたカウンター主体のシンプルな攻撃で対抗したものの一歩及ばずーー試合内容をひと言でいえばそうなる。

 試合後の会見で小倉監督は「攻撃の形はもっと自分の中にあるが、それを出し切れない現状がある」と、もどかしさを口にしつつも「ファンや選手が望んでいるのは何より勝利。僕も結果を出せなければ、クビになってしまう。理想は理想として目指しつつも、勝ち点を積み重ねていく現実的な戦いが必要だ」と述べた。

 理想と現実。両者の狭間で葛藤している。と言うより、現実に傾倒しているのが実際の姿だ。勝利と理想をクルマの両輪のように追求しているわけではない。

 そもそも小倉新監督が理想とするものは何なのか。高さとカウンターではないのだとすれば、どういうサッカーなのか。自分の中に「ある」と言われても伝わらない。当然、宣言すれば、そのギャップを突いてくる人は早晩、現れる。自己防衛のためには、口にしない方が得策。だが、これこそが、Jリーグが面白く見えない大きな原因の一つになる。監督がみんな、同じに見えてしまうのだ。色はあるはずなのに差が見えない。これではそれぞれのキャラは立たない。

 小倉新監督が描くシナリオ通り、現実的なサッカーで勝ち点を積み重ねることが出来れば、監督の評価は上がるだろう。しかし、現実的なサッカーをしても、勝ち点を積み重ねられる保証はまったくない。高さとカウンターで勝つことができればいいが、負けてしまえば何も残らない。理想を追求した末の敗戦ならば、何かは残るが、現実に安易に走った末の敗戦は最悪。何も残らない。この日の姿がまさにそれ。名古屋は結局、川崎のサッカーの引き立て役に回っただけ。厳しく言えばそうなる。負け方に2種類あるとすれば、悪い方の負け方だ。

 それが続けば、待ち受けるのはクビになるが、存在感の薄い指導者に成り下がれば、次の仕事に影響が出る。タレント性、カリスマ性は激減する。

 勝っても負けても、自分の色を世間に提示することが、監督になった人の務めなのだ。

 ファンのため、選手のために不可欠だという勝利。これについても疑ってみる必要がある。ここで言うファンとは、地元名古屋のグランパスファンだ。名古屋グランパスが、名古屋グランパスファンのためだけに存在しているチームなら、それはそれでオッケー。問題なしだが、抱えるファンの種類は様々だ。

 この川崎対名古屋の試合は、NHKBS1で放送されていた。BS加入者がどれほどいるか定かではないが一応、全国ナマ中継だった。視聴者は両チームの地元ファンだけではない。むしろ多数を占めるのはそれ以外。川崎ファンでも名古屋ファンでもない、地元とか地元でないとかに観戦の動機を求めていない根っからのサッカーファンだ。

 圧倒的多数を占める彼らの目に、名古屋のサッカーはどう映るか。小倉新監督はそうした目も意識すべきなのである。彼自身、タレントだった半年前までは、そうだったはずだ。タレントも監督も、問われているのはカリスマ性という点で一致する。マイクを持って喋る姿、その言動は一瞬のうちに日本全国津々浦々に伝播する。格好よすぎる台詞を吐いても、少なくとも監督に成り立てのいまなら、みんな耳を傾けてくれる。発言時間も毎試合後、十分なほど与えられている。監督は人気タレント以上の発言力を備えている。

 自らを世間に売り込むチャンスと捉えるべきなのだ。監督として一流を目指す意欲があるのなら。これまでも述べてきたように、外国人監督は、監督就任会見で、抱負を語る、理念や哲学について積極的に語る。それが慣例というか、文化になっている。

「女子サッカーを文化に」と述べたのは宮間あや主将だが、男子サッカーにも、本場にはあって、日本にない文化が普通に存在する。小倉新監督はオランダで何年か過ごした経験がある。その際に、自軍のリーダーが会見でどのような振る舞いをみせていたか、確かな覚えがあるはずだ。本場で学んだ文化は伝えるべきもの。見てきたはずなのに、見ていない人と同じレベルに埋没しようとする姿は、正直格好悪い。逆にメディアをリードするぐらいでないと、小倉隆史が監督に就いた意味は薄れる。

 出る杭は打たれる。しかし監督はもともと出る杭だ。出る杭になりたくないなら監督にはならない方がいい。日本によい監督が少ないといわれる理由は、監督にその覚悟が出来ていないからだ。デカイこと、理想は掲げてなんぼ。理想を机の引き出しにしまい込み、世間に発表しないまま、解任の憂き目にあったのでは監督になった意味がない。この日、NHKBS1で試合を見たサッカーファンの多くは、新監督の志向は、引いて守ってカウンターであり、高さを活かしたロングボールサッカーだと思っただろう。で、試合にも敗れた。試合後の会見で、僕は新監督のもっと落胆した顔が見たかった。