今回のリオ五輪予選では、ある構図が浮かび上がっていた。出場権を獲得したオーストラリア、中国、予選突破はならずとも、日本戦を引き分けに持ち込んだ韓国の3チームは、自分たちの強みを絞り込み、相手によって戦い方を変える柔軟さを見せた。結果、自スタイルにこだわった日本と北朝鮮、皮肉にも不変を貫いた2チームがはじき出された。

 なでしこの十八番は"パスサッカー"ではなく、"連動したプレー"だったはず。連動がなければパスが通ることはない。通常であれば入るはずのタイミングで放ったシュートが何度も防がれた。止められるはずのところでゴールを奪われもした。悪い流れは止まらなかった。そこで生まれてしまったのが選手の"不信"だ。残念ながら味方を信じられないプレーも見受けられたが、この予選では信じられる形がないことから来る自信のなさが流れを失う原因のひとつになっていた。

 川村優理(ベガルタ仙台)。彼女の持ち味は強靭な相手にも体を当ててボールを奪い、攻撃に転じることができるところにある。川村は勝負どころの第2戦(韓国戦)でボランチに起用されたが、「ハードアタックできていたことだけが救い」と本人も語るように、悔しさは隠しきれない。ボランチの距離感を掴み切れていない川村にここを任せるのであれば、周りとの連動を築く時間を与えなければならない。

 この予選では、"澤ロス"がまことしやかに語られていたが、本質的に言えば、"宇津木(瑠美)ロス"だ。昨年急激にチームにフィットした宇津木は澤を押しのけ、定位置を手に入れた。カナダワールドカップでは彼女の成長が、重要なファクターとなった。その宇津木がコンディション不良で予選メンバーから外れることがわかったのは2月中旬の沖縄キャンプだった。

 それでも、佐々木監督はキャンプ中でも宮間のボランチの形を崩すことはなく、川村は主力組のCBとして起用されていた。熊谷が入れば、おのずと押し出されるのならば、なぜここで川村にボランチの感覚を入れ込ませなかったのか。川村が迷えば、最終ラインの位置取りも遅れ、サイドのカバーリングにも支障が出る。すべての連動にズレが生じる。不安要素を抱えたままの川村が安全策を優先しがちになるのも無理はない。消極的な判断はその後、致命的なミスを引き起こした。この一連の流れは、決して川村だけの責任ではない。

 宮間をボランチで起用すれば、各国の"封じ手"が放たれることは十分に予想できたはずだ。毎年3月に開催されているアルガルベカップではこの2年、"日本封じ"が行なわれ、それに屈した試合も少なくない。徹底的にマークを受ける宮間が潰され、トップの大儀見優季(フランクフルト)も厳重マークで足止めされる。得点源であるホットラインを封じられる日本の姿をアジアのライバル国が研究材料にしないはずがない。初戦から3戦の相手国から見れば、日本の戦い方が想定範囲を超えることはなかった。

 ここ最近の得点力不足を改善しようと、攻撃面に重点を置きたいのも理解できる。しかし、実際にはすべての試合で前半に日本が決定機を作っていたが、ゴールを割れずにミスから自滅した。相手は前半をしのぎ、プレスをかけてミスを誘ってゴール奪取という図式を描き、どのチームも成功させていた。

 初心に戻り、「しっかりと守備から入ろうと確認した」(鮫島彩)という北朝鮮戦は、初めて無失点試合となった。攻撃につなげる守備がなでしこたちのサッカーの根底になければならない。原点回帰の結果の勝利だった。

 これまでも危機は何度もあったが、そのつど、ミーティングをして立て直してきた。今回も例外ではない。カナダワールドカップでは仏に徹してチームを作った宮間だったが、後がなくなった中国戦を前に、キャプテンとして今一度厳しく気持ちを奮い立たせる決意をした。

 ベテランは当然のことながら、岩渕真奈(バイエルン)や横山久美(AC長野)といった若手も同じ温度で危機感を持っていた。それでも、結果にはつながらなかった。選手たちを袋小路に陥れたのは、いつもなら決まっているはずのゴールが決まらない。止められているはずのシュートが決まってしまう。やれることをやっていても結果が出ないという、経験したことのない焦燥感だったのかもしれない。八方ふさがりのまま、立ち止まってはいられない中1日の連戦。完全に出口を見失っているように見えた。選手間で解決できない状況が発生した場合、満身創痍となった選手の心のケアも必要だったのではないだろうか。

 協会側の問題もある。長期政権を選択した時点で戦術のマンネリ化などリスクは把握していたはずだ。であれば、佐々木監督に対してこれまでとは異なるサポートを準備していなければならなかった。

 以前と異なり、主力が海外でプレーする時代だ。日本とのシーズンのズレもある。その中でいかにして強化していくのか。取り組むべきことは多かったはずだ。カナダワールドカップ後の会見で宮間は、実戦での強化の増加を求めていた。それが選手から発せられること自体を恥と思わなければならない。それでも対外試合が増えることはなかった。この予選までにフルメンバーの招集で行なわれた国際試合はオランダとの1試合のみ。簡単でないことは誰しもが理解している。それでも、ロンドンオリンピックから3年もの時間があったのだ。

 抜本的な対策を打ちださなければならなかった。手詰まり感のあったカナダワールドカップで問題点に気づかなかったとは思えない。それでも手を打たなかったのであれば、慢心以外に表現が見つからない。どこかでなでしこジャパンはオリンピックに出場して当然という過信がここにも存在していたのではないか。

 予選の舞台となったキンチョウスタジアムは観客がピッチに近く、女子サッカー向けであった。しかし、このアットホームなスタジアムが満員になることはなかった。崖っぷちの中国戦ですら入場者数は7000人を切った。本気でバックアップ体制が整っていたのか、疑問が残る。さらには、出場権が絶望的となった中国戦後に大仁邦彌会長が「このチームは古い」と言い捨てた。まだ2戦を残している大会中に協会のトップが口にする言葉ではない。

 世界で活躍してくれれば万々歳だが、本気でサポートはしない。けれど、結果が出なければいち早く切り捨てる。こう取られても仕方がないのが現状の協会の姿勢ではないだろうか。

 女子サッカーとは長い付き合いになった。特に北京オリンピック以降は、どんな小さなキャンプでも、どんな僻地の遠征でも帯同してきた。時に連続する練習非公開に心を折られそうになりながらも、選手の表情ひとつ、言葉のひとかけらを拾い、全天候対応で取材を行なってきた者として切なる願いがある。

 どん底から世界一へ押し上げ、さらには好奇の目にさらされながらロンドン、カナダと結果を出し続けた裏側には、本当に選手たちの並々ならぬ努力があった。今回の結果を誰よりも重く受け止めているのはほかならぬ選手たちだ。その努力を知るからこそ、感じる。どんな状況でもピッチで戦う選手たちには、常に自分のプレーを、チームを発展させることだけに集中できる環境が与えられなければならない。そうあるべきなのである。

 この数年でテストされ、フィットしなかった若手選手たちも多い。けれど、それはこのなでしこジャパンのスタイルにフィットしなかっただけのこと。これからは、新しいなでしこジャパンを若い選手たちのサッカーで築いていってほしい。誰のマネでもなく、きっと新しい力でしかできないスタイルがあるはず。自信をもって挑んでほしい。

 そして、そこにこれまで紡ぎ続けてきたなでしこの"想い"だけはそっと引き継がれることを願ってやまない。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko