「俺は風間くんに大丈夫か?って言ったけど俺が言われたいよ、本当は」――終始気さくにエピソードを語ってくれた平山秀幸監督。
映画『エヴェレスト 神々の山嶺』(3月12日(土)全国ロードショー)の公開を前に会見では聞けなかった撮影にまつわるエピソードを平山監督に聞いた。


岡田か深町か……平地では絶対に撮れない映像


――3月12日いよいよ公開ですが、作品が完成したいま、どんなお気持ちですか?

平山:あがったのが12月のはじめだったんですよ、去年の。それから、そのあがったの以降、僕らは見てないんです。まだ時間がかかるでしょうね。冷静に見れるまでには。色んな人が色んなことを言っているのを聞いている状態です。

――会見で監督は「3人のドキュメンタリーをとっているようだ」と仰っていましたが、岡田さん、阿部さん、尾野さんのそれぞれ人間味を感じた場面、印象に残っているシーンはどこですか?

平山:やっぱりですね、平地というか日本とかよりも遥かに普通じゃないじゃないですか、むこうは。そうすると、例えば歩いているっていう雪の中をずーっと歩いているっていうのも、平地の雪の中でも高いとこと思って歩くのと、実際に5,000メートルから5,200メートルを歩くっていうのはもうそれだけで苦しいんですよね。

――確かに。
平山:平地でいると苦しい芝居をしないといけないけれども、上にいるときついわけですよ。ということは、僕が色んな事で苦しがれとかもうちょっと辛そうに歩けってことはなくて、もうそれだけで生ですよね。お芝居はないですよ。そういう環境で3人とも“地”というか、あの、どうしても芝居しなくてもそうなってしまうような環境だったんで、それぞれに岡田なのか深町なのか、阿部なのか羽生なのかみたいなことでいえば、「今やってるのはどっちだ?」という感じになってくるんですね。それがいわゆる僕がいう“生が出るよ”、ドキュメンタリーになるよみたいなことなんで。それは、きっと尾野さんも含めてどのシーンというよりも、ヒマラヤのそのルクラという空港のある村から10日かけてベースキャンプ近くまであがって、そこからまた10日撮影したっていうその22〜23日全部が全部でしたね。どのシーンってことじゃなくて。

――その中でも撮り直しを要求することもあったかと思いますが、どんなことを基準にされていたのでしょうか。

平山:もちろん台本に書かれているキャラクターっていうのがあったんで。例えば、よいスタートっていって左足から歩こうが右足からあるこうが、途中で転ぼうが、後ろにずーっと下がろうがもう全然OKですよね。逆に「すまん、もう一度滑って転んでくれる?」っていう方がおかしいわけであって。そういうことでいうと、やっぱりうん……虚と実が一緒になってる撮影でした。でもセリフはあるわけですよ、役としての台本ていうのが。その辺には目を配ったんですけど。でもやっぱり寒ければ、はーっと(手を温める仕草)地上では「そんなことするな、手が邪魔だ」といいますが。

――ごく自然な動作ですものね。
いわゆる机上のプランというか、カトマンドゥいるときに、ここはこんな風にしようって台本にメモしたりすることはあったんだけど、あんまり役にたたないから。そこに行ってみて初めて見える、そこに立ったときに岡田さんあなたが感じたことを芝居してくれ、阿部さんあなた感じている事を出してっていうことが。だから具体的なことは……俺は何もしてないなって(笑)

――演技について岡田さんや阿部さんから相談されたことはありましたか?

平山:どうして山に登ろうとしたのか、話のテーマも含めて俺に聞くなと。日本のトップクライマーと呼ばれる人たちがこの映画の安全とかサポートとか、それから小道具やなんかの扱い方を教えに、参加してくれてたんですね。そういう人に山に登る人の気持ち、こういう時にはどんな気持ちですかっていうことを聞けと。俺に聞くなと。俺、高尾山にしか行ったことないから(笑)それがすごく役に立ったんですよ。

――トップクライマーは何人くらい帯同されたんですか?
平山:全部で7人くらいいたかな。親分が日本山岳協会の会長をやっているお方で、その人は3回エヴェレストの頂上に立ってます。彼らは山となったら本当に軽いんですよ、足が軽いっていうか。4日前に会った人も今までインドに行っててね、みたいな。僕らが外国旅行に行ってたという発想じゃなくて。

――日常なのですね。
平山:そうそう。彼らに聞いたのが、なんであんな崖の上に一人でべたっと張り付くの?どうしてああいうことをするの?って僕が聞きますもん(笑)

――どんな答えが返ってきましたか?
平山:『いや、好きだからね〜』って。理屈でこれだからこうですよっていう答えは返ってこなかったです。映画の中で『お前は何しにここへ来た』、『わからない』っていうのは、本当に正直なところだと思います。

最終日での高山病…エヴェレストでの撮影秘話


――現場で想定外だったことも多かったかと思いますが、最も困ったことはどのようなことでしたか?

平山:ヒマラヤはあったね。想定外……。想定外といえば、映画の中でアン・ツェリンさんというシェルパをやったおじいさん(テイレィ・ロンデゥップ)がいたじゃないですか。あの方は実際に4000メートルの山の中に住んでらっしゃって。カトマンドゥから4日離れてるところ、っていう言い方をしたんですね。

――4日ですか!
平山:4キロとかじゃなくて4日離れてるって言ったんですけども、そこで住んでらっしゃる本物の山岳民族なんですよ。でもその方は、最終日に高山病になりました。これは想定外でした。すぐにヘリコプターで搬送しました。まさかネパールで山岳の方がね。もう年齢もありますね、あの方は76とか77くらいの方なんで、あがってくるときはもう全部ロバでしたから。最終日の午後一、もうあとワンカット、ツーカットくらいで急に。

キャストの誰よりもエヴェレストに近い民族でも高山病にかかる。それほど現場が過酷だったということの証明だ。

実は高いところが苦手だった


――会見で岡田さんや阿部さんは役柄の性格もあって、「岡田くんに負けない」、「阿部さんには負けられない」という発言をされていましたが、過酷な環境下で、役者魂を感じたところはどんなとろでしょうか。

平山:意外に二人とも、“私いまこうしてますよ”って見せないところがあるんですよね。内に秘めた感じっていうのかな。岡田さんもそうだし、阿部さんもやっぱり岡田さんを背負って登るって岩陰登りましたからね。絶対に滑っても落ちないように支える安全のロープはあるんですよ。でもちゃんと背負って登りましたからね。40キロのリュック背負ってるんですよ。山屋さんが嬉しそうに入れるんですよ、石をどんどん詰めるの。軽いものって分かるんですよ。嬉しそうに。岡田は話し違うよなって言ってました(笑)

――日本での撮影について、風間俊介さんが「監督にすごく心配していただいた」と仰っていましたが、撮影現場ではどのような感じでしたか?

平山:とにかく高いんですよ、めちゃ高いところで。これ記事にならないと思うんだけど(スマホで撮影した断崖絶壁の画像を見せてくれる)。阿部さんと風間さんが、(山の上)で「おまえどうするんだ?」って喋るんだけど「僕はあなたがいるから山岳チームが」ってシーンがあって、これ安全帯を吊ってますけど、撮ってる時はそんなに怖くないんですけど、後からこんなところで撮影してたんだって。

――すごい場所だったんですね。
平山:元々、僕は高いところダメなんだけど、彼(風間)も怖いって言ってて。もう奈落の底……やっぱり怖いですよ。俺は風間くんに「大丈夫か?」って言ったけど俺が言われたいよ、本当は。そこに行ったら平気なんだけど、行くまでとじゃあ終わりましたって引き上げるときに素に戻るんでしょうね。僕だけじゃなくてみんな嫌なんじゃないかな。山屋さんだけです。命綱もつけずにほいほい飛んで回りますからね。それを見てるだけで嫌ですもん(笑)

エヴェレストに蕎麦の出前!


――現場に原作者の夢枕獏さんがいらっしゃったとお聞きしましたが、どんな会話をされたのでしょうか。
平山:まだ東京にいたときに、獏さんと話していて、もしそうなったら遊びに行くからって言ってくれたんで、いいですよって。そしたら「お蕎麦持ってくよ、お蕎麦出前するよ」って。その時はふーんって聞いてたんですが、実際に5200メートルのところに、寺田克也さんっていうイラストレーターさんと、お蕎麦屋さんの太田さん、落語家の林家彦いちさんの4人組があがってきたんですよ。

――出前がエヴェレストに。
平山:それでお蕎麦屋さんは僕らに日本蕎麦を打ってくれたんですよ。美味かったですね〜。それで落語家さんは上で落語を。もう、涙が出るくらい嬉しかった。でも落語がおもしろくて笑うんだけど、笑いがね、空気が薄いから“はっはっはっ”って半分になっちゃって(笑)よく組写真っていうスタッフキャストが集まって撮る記念写真があるんですけど、それを獏さんたち含めて100人くらいで撮りました。でも獏さんは2回ヒマラヤ経験があるらしいんですよ、それでも今回はしんどかったって。食べ物が入らなくて、柿ピーだけを食べてたって(笑)

――エヴェレストでは血中酸素を測りながらの撮影だったとお聞きしましたが、体調管理との戦いでもあったかなと思いますが、今だから言えるちょっと辛かったなということはどんなところでしょうか。

平山:体重はぼんぼん落ちるんですけども、顔だけがどんどん腫れるんですよ。俺のいま使われている写真をみたら、だるまさんみたいになってる。あとは個人的にしんどかったのは、山登る前に脊柱管狭窄症っていう腰の手術をしたんで、登り出して最初の二日くらいでもう腰がパンクしたかなと。これで終わりだと思ったら途中からね、湯たんぽの差し入れがあったんですよ。だからもう湯たんぽを抱いて、腰に当てながらよーいスタートをかけてましたね。湯たんぽがなかったら僕は脱落していました。

――それは大変でしたね。
平山:あと、空気が薄いと寝が浅いんですよね。うたた寝しては目が覚めてを繰り返して。あとはダイアモックスという高山病の予防薬があって、これを朝配られるんだけど、それって利尿作用があるんですよ。夜中に何回も起きるんです。だから、えっまだ22時半?まだ23時ってことがその繰り返しで夜が長い!あれはみんな苦しかっただろうなぁ、慣れてない人は。もう朝5時くらいになると起きちゃうんですよ。夜が長いのは応えたなぁ……。

――仮眠のような状態で撮影に挑んでいたと。
平山:本でも読めばいいじゃないかと思うじゃないですか。でも……。iphoneで2曲か3曲聞いたらもう……。あとは寝袋でガタガタ震えてようみたいな。

――撮影の合間には岡田さんとか阿部さんらとどんなお話しをされたのでしょうか。
僕と役者さんとどうこうっていうより、朝起きて飯食って撮影行って返ってきて次の日のリハーサルして、飯食ってっていうローテーションでいうと、なんかあんまりね。主役と助監督との関係とかあるじゃないですか、そういうのがなかったですね。垣根っていうのがなくて、当たり前に山のロッヂにいるっていう感じがあって。普通でいうとカチンコの助監督さんが、主役を仰ぎ見るみたいなのがなかったね。いつもタメ口きいてましたね。そういう関係になるのかな。要するに仲間でした。あとは自分のことは自分でするという、俳優さんだから荷物を持ってあげるとかそういうのはなかったです。

――最後に岡田さんは「登壇されている方とまたエヴェレストに登りたい」と仰っていましたが、監督はいかがですか?

平山:正直言って、いま行けって言われると嫌だね(笑)絶対無理なんだけど、楽して行けるなら行きたいという気持ちはある。ヘリコプターなんかで行ったら高山病になっちゃうから無理なんだけど。でも2年半で4回行かせてもらって、えらい体験をさせてもらったということは間違いないです。

原作となる夢枕獏著「神々の山嶺」の出版後は、すぐに国内外から映画化の話がもちあがったという。しかし舞台がエヴェレストであること、キャスト、スタッフ共に登頂をすることが必須となるなど、映画化にはハードルが高いことで立ち消えになった20年。
現在65歳の平山監督を筆頭に、岡田准一、阿部寛、尾野真知子らキャスト陣、そしてスタッフによる、邦画初のダイナミックな映像は見ものだ。
映画『エヴェレスト 神々の山嶺』は3月12日全国ロードショー。
(柚月裕実)