11日、筆者が日本で留学していた80年代当時、日本の不動産価格はほぼピークに達していた。

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2016年3月11日、筆者が日本で留学していた80年代当時、日本の不動産価格はほぼピークに達していた。留学生にとっては、稼ぎがよく、学業にも支障を来たさないものとして代理で行列に並ぶというアルバイトがあった。不動産購入の窓口の前で夜通し並んだり、フランス産ワインの新商品が市場に出回る前に、専門店に行って並んだりといったものだ。(文:陳言[チェン・イエン]日本企業<中国>研究院執行院長。環球時報掲載)

代理で並んでいるのに、雇い主が一緒にいることも多かった。多くの不動産は1人につき1軒限定だったからだ。筆者はある部品企業の社長の代理で並んだことがあった。社長の工場は500人以上の規模で、人件費が高く部品は売れないとあって不動産売買でお金を稼ぎ、工場を担保にしていた。一夜並んで2万円の収入があり、普通のアルバイトよりも給与は倍だった。80平米ほどの家が5000万円から7000万円、日本の一般的なサラリーマンの10年から20年分の純収入に相当していた。当時の統計では、日本全国の不動産価格の平均値は一般的なサラリーマンの6年から7年の収入に相当した。筆者が在籍した大学の教授によると、欧米諸国の不動産購入費は最高でも4年から5年の純収入で、「日本の不動産はバブルで、必ず崩壊する日が来る」と話していたが、日本の不動産価格が下がることはないと多くの人が信じ込んでいた。

不動産が高騰すると、他のすべてのものが安く思えた。当時日本ではワインのコレクションが流行していた。フランスの新しいワインが1本1万円で売られ、数年保存するだけで2万円前後まで値上がりしたため、お金の貯金よりも利回りが良かった。

1993年、日本の不動産価格がピークを迎え、バブルの崩壊が始まり、不動産価格は瞬く間に滑り落ちた。しかし、筆者を含め多くの人が下落は一時的なもので、すぐにまた回復すると思い込んでいた。「日本の国土は狭く、都市には家が必要な人で溢れ返っているのに、下がり続けるわけがない」と。そのため、バブルが崩壊している間も、どれほどの人が依然不動産の購入に夢中になっていたことだろう。

不動産バブルから20年以上過ぎた今、東京の六本木といった場所の不動産価格は近年ようやくピーク時の半分まで上昇した。こうした場所を除いては、依然不動産価格を回復させようなど「天に登ることよりも難しい」情況だ。現在日本で売られている有名産地のフランスの新しいワインでも、価格は80〜90年代の10分の1。それでもこのワインのために並ぶ人はほとんどおらず、保存する人などさらに少ないだろう。(提供/人民網日本語版・翻訳/IM・編集/武藤)