SOURCE1●日銀

劇薬・マイナス金利の投入で商社、不動産、鉄道に追い風
国会答弁では、2人の人物に限って、それぞれひとつずつのウソが許されるという不文律がある。ひとつは首相による衆院解散への見解であり、もうひとつは日銀総裁による金融政策変更の有無である。
日銀は1月29日昼、マイナス金利導入を発表した。そのわずか8日前、黒田東彦総裁は参院決算委員会で「マイナス金利を具体的に考えているということはない」と発言したが、これは明らかなウソだった。
当然、総裁の前言を覆すマイナス金利は株式や為替市場にとって大きなサプライズになり、当日の日経平均株価は3%近く上昇し、為替も円安に振れた。少なくともマイナス金利相場の第1幕は、日銀の期待する方向に動いた。
しかし、午後3時半からの定例会見に臨む黒田総裁の表情はいつになく険しかった。マイナス金利は、9人の政策委員会メンバーのうち賛成5、反対4とぎりぎりで可決されたためだ。
さらに、日銀はこれまで政策目標として掲げてきた物価上昇率2%の達成時期を2016年度後半から2017年度前半に後ずれさせた。しかも、2人の審議委員からは、日銀の想定期間内の物価2%上昇が困難であるとの意見も出され、議論の取りまとめに苦労したのは想像に難くない。

滞留預金の追い出しに
政治の要請アリ?
通貨安競争にも参戦へ

日銀が導入を決めたマイナス金利は、民間銀行が日銀に預ける資金の一部に0・1%の利払いを課すもの。日本初の試みだ。銀行が金利支払いの負担を嫌って日銀から資金を引き出して融資や投資に回せば、景気が上向くというのが教科書的な説明である。
日銀が異例の措置に踏み切ったのは、物価が再び下落基調を強めているため。黒田総裁が就任直後に大規模な金融緩和犢田バズーカ〞を放ったのが2013年4月。当時、2年前後で物価上昇率2%を達成するとしていたが、円安で輸入食料品の価格が上がった程度で、デフレ圧力は弱まる気配を見せていない。
日銀はこの間、金融機関から大量の国債を買い上げ、資金を供給してきた。しかし、資金は行き場がなく、日銀が民間金融機関から預かる当座預金残高は昨年末時点で253兆円に膨らんでいた。マイナス金利の狙いは、金融機関の抱える休眠資金を日銀口座から追い出し、市中に還流させることである。
また、マイナス金利の背景に「政治の要請」を指摘する声も聞かれる。
ヒントは安倍首相の国会答弁にある。首相は1月13日の衆院予算委員会で「もはやデフレではないという状況をつくり出すことができた」と、就任以来の成果を語った。一方で「デフレ脱却まで来ていない」とも発言。状況次第で再びデフレに逆戻りするリスクを強調し、日銀に決断を求めたようだ。
マイナス金利導入の裏側には、世界的な通貨安競争もある。ECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は3月の追加緩和に言及し、中国も輸出停滞の打開策として人民元レートの切り下げに傾いている。
通貨の意図的な切り下げは為替操作と並んで、中央銀行の禁じ手とされる。しかし、ユーロと人民元の下落は相対的に円高を招き、日本企業がせっかく取り戻した輸出競争力が失われてしまう。建前はともかく、日銀は通貨安競争に参加せざるをえない立場に追い込まれていた。

リース、商社、不動産…
有利子負債が多い
企業にメリット大

黒田総裁はマイナス金利決定の1週間前、スイスに出張しており、そこで欧州でのマイナス金利の先進事例について情報収集したとみられる。
中央銀行による政策金利のマイナス誘導は、2012年7月のデンマーク国立銀行に始まり、今ではスイス中央銀行、スウェーデン、ECBへ広がっている。追加緩和が見込まれる欧州の前例を見る限り、マイナス金利に景気を劇的に回復させる効果は期待しにくいが、
通貨安の効果は強い。
では、マイナス金利は株式市場に何をもたらすのか。マイナス金利導入が決まった後、長期金利の指標となる10年物国債の利回りが0・1%を下回った。このため、高格付け企業であれば、国債を若干上回る0・2%台の金利で社債を発行できることになる。
有利子負債が多く、社債発行で資金を調達する企業にとって、長期金利の低下は調達コストの圧縮につながるのだ。鉄道や不動産、商社、リース会社には、長期資金を低利で調達できる利点がある。
また、日本円のマイナス金利は他通貨との金利差を拡大させ、為替を円安に動かす作用がある。先進国で為替介入が事実上、自粛されていることもあり、日銀が貴重な円安ツールを手にしたことは自動車や電子部品など輸出企業の採算向上に貢献するだろう。

緩和限界説を一蹴。
次のサプライズは、
ETF増額買い入れか

難点は銀行の利払い負担である。日銀への金利支払いを避けるため、融資を増やそうとしても、貸し出し基準を緩めれば不良債権化するリスクが増す。大手銀行幹部は「融資先開拓が難しい銀行は、利息を払ってでも日銀に資金を預けるしかない」と、日銀の思惑が外れるリスクを指摘する。
金融市場では、日銀が国債を買って資金を供給する従来の量的緩和策が今年末にも限界を迎えるとの見方が広まりつつあった。しかし、流通量が有限の国債を買うのと違って、マイナス金利なら対象となる日銀の当座預金の範囲やマイナス幅を柔軟に調節できる。日銀にとって、大規模緩和政策の限界論を吹き飛ばすメリットも生まれたのだ。
日銀は今回、ETF(上場投資信託)購入額を据え置いた。次にサプライズがあるとしたら、株安局面でのET増額ではないか。

※この記事は「ネットマネー2016年4月号」に掲載されたものです。