特別ドラマ企画「天才バカボン〜家族の絆」HPより

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 現在、『おそ松さん』(テレビ東京系)が大ブームとなっている赤塚不二夫。視聴率は通常の深夜アニメの1.5倍〜2倍。また、『おそ松さん』を特集した「月刊アニメージュ」2016年2月号(徳間書店)、「アニメディア」16年2月号(学研プラス)はどちらも雑誌としては異例の増刷がかかる事態に。

 死後8年が経ったいまも赤塚不二夫人気には陰りが見えない。そんななか、彼の代表作『天才バカボン』の実写ドラマ『天才バカボン〜家族の絆』(日本テレビ系)が本日放送される。

 バカボンのパパを上田晋也(くりぃむしちゅー)、バカボンのママを松下奈緒、バカボンをオカリナ(おかずクラブ)、レレレのおじさんを小日向文世、おまわりさんを高嶋政伸が務め、他にも隣人役などでマツコ・デラックスや船越英一郎ら豪華キャストが出演予定だ。

 そして、「西から昇ったおひさまが〜」でおなじみの主題歌を歌うのは、タモリ。「先生の作品の実写化なら、やらないわけにはいかないでしょう」とオファーを快諾したという。CD発売や配信の予定はないとのことで、ドラマの放送でしかこのタモリの歌声を聴くことはできないようだ。

 そんな赤塚不二夫といえば、酒場でのバカエピソードをはじめ、数々の破天荒な逸話でも知られるが、実は「ポルノ男優」として雑誌で「本番」を披露したことがあるのはご存知だろうか。

 しかも、時は1982年。「本番」どころか、まだヘアヌードすら解禁になっていない時代である。さらに、その記事では赤塚の口からタモリの下半身に関する暴露まで語られていた。ちなみに、カメラマンはアラーキーこと荒木経惟で、現場レポートは山本晋也カントク。巨匠たちが一堂に会した豪華な布陣である。

 その衝撃的な過去を掘り起こした、本サイトの発掘記事を再録するので、是非読んでみてほしい。
(編集部)

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 今年、2015年は『天才バカボン』『おそ松くん』『もーれつア太郎』『レッツラゴン』『ひみつのアッコちゃん』など、数々のヒット作を生み、現在でも「ギャグ漫画の王様」と讃えられる赤塚不二夫の生誕80周年にあたる。

 ご存知の通り残念ながら赤塚不二夫は2008年に逝去してしまっているが、そのメモリアルイヤーを祝い今年は数々の記念企画が用意されている。『秘密結社 鷹の爪』で脱力系コメディの新たな道を開いたFROGMAN監督による、『天才バカボン』と『フランダースの犬』の異色過ぎるコラボ映画『天才バカヴォン 蘇るフランダースの犬』が5月に公開。10月からはテレビ東京系でアニメ『おそ松さん』の放送も予定されている。

 また、関連書籍もいくつか出版され、赤塚不二夫の漫画家としての天才ぶりはもちろん、ハチャメチャな私生活や酒場でのバカ伝説も、改めて、クローズアップされている。

 たとえば、『破壊するのだ!! 赤塚不二夫の「バカ」に学ぶ』(ele-king books)では、70年代に日本におけるフリージャズの第一人者として活躍したミュージシャンの坂田明がこんなエピソードを語っている。

「「ひとみ」(赤塚不二夫が毎晩飲み明かしていた伝説のお店「ひとみ寿司」のこと)の二階かどこかで宴会をやっていたとき、クマ(篠原勝之)さんに取材しに来た編集者がいたのね。その記者が緊縛の話をしてきてね、そうしたら、赤塚先生が「これからみんなで裸になろう」「お前はあっちで脱げ」って言ってね。で、ひとりで素っ裸になった編集者を「よし、こいつを縛ろう」ということになって「ひとみ」のおばさんに「おばさん、ロープない?」って。「いや、ロープはないんだけどガス管があるよ」って(笑)。ガスのゴム・ロープね。「これでいいや」ってその編集者を縛っちゃった(笑)。仕事に来た編集者だよ。ぐるぐる巻きにして、それで転がしてね。赤塚先生は外の窓向かって、「おねぇちゃん、いまからオシッコするから見て!」とか言っちゃって、「やめなよ先生、そんなこと」って(笑)。それから、ねぇちゃんが通ってるところに上から小便しちゃってね」

 また、娘の赤塚りえ子も同書で父親のとんでもないバカエピソードを紹介している。

「父の担当編集だった五十嵐(隆夫)さんから聞いたんだけど、パパと一緒にバーかなんかで餃子を頼んで食べてたら、「イガラシ、チンポコ出せ」って言われたんだって。そしたらパパのはもう出てて、それで何をやったのかっていうと、ラー油を塗って我慢するっていう(笑)。でもそこは、ちゃんと自分を笑われるように自分もやるんだよ」

 ところが、赤塚不二夫にはこうした書籍などにも出てこないもっとすごい伝説がある。

 それは"本番"ポルノ男優として雑誌に出演していたという過去だ。しかも、カメラマンはアラーキーこと荒木経惟というのだから、二度驚きだ。

 その"本番"写真は2004年に休刊したスキャンダル雑誌「噂の真相」が1982年に別冊として出版した「荒木経惟の真相」の特別企画として収録されたもの。たしかに、現物を見ると、モノクロながら赤塚不二夫がモデルと全裸でからみセックスをしている写真がはっきりと写っている。

 これはいったいどういう状況で撮られたのか。その現場の裏話が「噂の真相」本誌82年8月号におさめられていたので、記事をところどころ引用しつつ、ここからはその衝撃的な過去をご紹介していきたい。ちなみに、現場レポートを書いたのは、「ほとんどビョーキ」の風俗レポートで一世を風靡した山本晋也カントクである。

 時はまだヘアヌード解禁前。男優が赤塚不二夫であるという以前に、まず"本番"をプロのカメラマンが撮るという時点ですでに衝撃であった。実際、山本晋也カントクも、レポートの序文のなかで〈ボクは200本以上のポルノちゃんを撮ってるわけスけど、モノホンのポルノは知らんわけですよ。(中略)いつも前バリでアソコを隠してる女優さんばっかりでしょう〉と綴っている。

 そんな、時代を先駆けた衝撃の現場は最初から不安要素を抱え込み始まったという。当然ながらポルノ男優としての現場は初体験の赤塚不二夫。心配と興奮のあまり、撮影前から「心配なのボーク、ほんとはね、昨夜さァ、止むに止まれずねェ、しちゃったのねェ」「だってサァー、心配だったンだモン、立たなかったら困るでしょー、だから前の晩にたしかめたかったンだよねェ」と語ったという。

 そんな状態で大丈夫だったのだろうか? しかし、そこは今まで紹介してきた通り、人前で裸になることには慣れている赤塚不二夫。アラーキーの提案で女優をパイパンにしたりするうちに先生のモノはしっかり仕事ができる状態に。そして、そこではこんな会話がなされたという。

〈もしかすると、タモリさんのより大きいかもしれないのだ! というのも、タモさんのも立派でして、双子みたくセンセーのと似ておるのですよ。
「センセー、大きいスよ、ボクもセンセーの立ってるの初めて見たスけど、タモさんのより大きいみたい!」
 もう、ニコニコしちゃうのです。タモさんのより大きいといったら、
「タモリいィ、あいつのより大きいよォ、ボクのは、アイツのはさァ......」とタモさんのアレのゴシップ。こっから先は、ちょっといえない、ボクもタモさんのをいろいろ知ってるけど、男は口が固くないと友情に傷がつく、クローズ〉

 タモリの「アレのゴシップ」とは何なのだろう? 先日、『ヨルタモリ』(フジテレビ系)でタモリが包茎手術で有名な上野クリニックのCMのパロディコントをやっていて話題になっていたが、もしかして......。

 これ以上はタモリの名誉に関わるので置いておいて、先を読み進めていこう。タモリの下半身事情を暴露した後、いよいよ本格的な性行為に。赤塚不二夫のテクニックはこれいかにと思うと、意外(?)にも上手いらしい。赤塚不二夫がクンニに励むなか、山本晋也カントクが女優にインタビューしたくだりはこのように描写されていた。

〈「どう、センセーの上手かい、ナメ方は?」
 これはナイショで、耳もとに囁くボク。
「うまーい、今、黙ってて、イキかけて...」
 またもや、コクンとそっくり返る。いきかけてるって、チクショー〉

 そして、女優をアクメまで導いた後は、遂にこのような展開に。

〈不二夫ちゃん、のしかかり挿入したですよ。いいッスねェ、男と女の真剣なサマは〉

 なんと、赤塚不二夫、最後まで仕事をやり遂げたのである。周囲を人に囲まれた状態で事に及ぶのは緊張するもので、本職のAV男優でも勃たないときも珍しくない。そこをきちんとやり遂げるとは、さすが「ギャグ漫画の王様」である。

 ここまででも十分すごいが、実はこの話には後日談もある。なんと、この1年後には、「週刊宝石」83年7月8日号(光文社/休刊)で、自分の恋人とアラーキーの恋人を交換してお互いの彼女のヌードを撮影した、スワップ熱写グラビアまで掲載しているのだ。赤塚不二夫、恐るべし。

 手塚賞のギャグ漫画部門として74年から始まった新人ギャグ漫画家たちの賞である「赤塚賞」には90年以来入選となる作品が選ばれておらず、ギャグ漫画の低迷が長く叫ばれている。近い将来、赤塚不二夫のように、作品でも、スキャンダラスな私生活でも、両方で読者を楽しませてくれる規格外な作家が生まれてくれることを願って止まない。
(田中 教)