リオではロンドン以上の順位を目指したいと語る、南野拓実選手

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痛快な戦いぶりでアジア最終予選を突破した男子サッカー・U−23日本代表。

だが、チームのエースとして期待を集めていたMF南野拓実(21歳)は本来の実力を発揮できず、無得点のまま大会を終えた。今夏の本番に向け、巻き返しに燃えるアタッカーを武者修行中のオーストリアで直撃した!

■監督のダジャレで肩の力が抜けた

―リオデジャネイロ五輪のアジア最終予選、日本チームは周囲の予想をいい意味で裏切って見事に優勝を遂げました。ズバリ、勝因は?

南野 簡単に言えば、チームの雰囲気がよかったです。試合を重ねていくごとに勢いもついて、そのまま一気に優勝までいけたという感じです。初戦の北朝鮮戦こそ、僕だけでなくチームとしても緊張やプレッシャーがあって難しい面はありましたけど、それ以降は試合のたびによくなっていきました。前評判が低かった分、「それを覆すためには優勝しかない」ということでチームがまとまっていたし、今考えると逆にそれがよかったのかなと思います。

―1993年以降生まれの選手たちで構成された今回のチームは、これまで結果が出ていなかったことに加え、「おとなしい」「声が出ない」などプレー以外の面も指摘されてきました。どう受け止めていましたか?

南野 わかりやすいムードメーカー的な選手はいないし、静かな選手が多いのは確か。ただ、それをネガティブには全然感じていなかったですし、五輪出場を決めた(準決勝の)イラク戦後などはロッカールームではみんなで歌を歌いながらワイワイ盛り上がっていました。よく言えば、内に秘めたタイプの選手が多いんですかね。

―選手がおとなしい分、ユーモラスな性格の手倉森誠監督の存在は際立っていた!?

南野 緊張感のある大会だっただけに、監督のオヤジギャグっていうか、ダジャレで肩の力が抜けた部分はありましたね(笑)。ミーティング中に必ず一度は入れてくる感じだったので、ちょっとした楽しみでもあったし。

―爆笑することも?

南野 それはないですね。大抵は苦笑いですよ(笑)。

―所属クラブの事情で、五輪出場を決めた準決勝後(3位以内)、チームを離れることになりました。その時はどんな気持ちでしたか?

南野 複雑でしたね。残りたい気持ちがある一方で、クラブから必要とされるのは嬉しいことですから。ただ、個人的には優勝してみんなと一緒に喜びたかったし、残念な気持ちもあったのに、離脱前に挨拶(あいさつ)した際のチームメイトの反応が「あ、そうなんや」くらいだったのが、なんとも言えへん微妙な感じで(笑)。

―チームは最高の形で五輪出場を決めたものの、エースとして期待された南野選手は4試合出場で無得点に終わりました。

南野 もちろん、個人的な結果としては全然満足していません。もっと存在感を示したかったという思いはあります。五輪出場権のかかったイラク戦はフル出場しましたが、大会を通してシュートがあまり打てなかったですし、決定的な仕事もできなかったので。それに対しては「もう少しやらなあかん」って思いはあります。

ただ、チームとしては勝って五輪に行くことが何より大事でしたし、僕自身もまずはチームプレーに徹することを考えていました。だから、ネガティブな感情は全くないですし、その悔しい気持ちを本大会にぶつけられればと思っています。

―海外でプレーしているため、なかなか代表チームの活動に参加できずに直前の合流だった難しさもありましたか?

南野 細かいタイミングを合わせるのには苦労しました。ここでパスを出してくれたらめっちゃ攻撃の起点になれるのに、というシーンがいくつかありましたし、そういう話はチームメイトとしました。そこは急に入った難しさですかね。

―チーム離脱後の決勝(韓国戦)はどこかでご覧になったんですか?

南野 実はまだハイライトしか見てないんですよ。でも、ザルツブルクには(同じく五輪予選に出場し、準決勝後にチームを離脱した)韓国の選手がいるので、ネットの速報を一緒にチェックしていました。0−2とリードされた時は一瞬、負けるかなと思いましたし、「このまま俺たちが勝つ」とかいろいろ言われていたんですけど…まさかの大逆転。その後は当然、言い返しました(笑)。

■後半戦で点を取って次のステップに進む

南野は昨年1月にセレッソ大阪からオーストリアのザルツブルクへ完全移籍を果たすと、すぐに右MFのレギュラーに定着。2年目の今季は序盤からゴールを重ね、前半戦終了時(20節)で7得点をマーク。チームも2月に再開した後半戦のスタートを首位で迎え、リーグ3連覇に向けて順調な歩みを見せている。

ただ、2005年に飲料メーカー「レッドブル」がクラブを買収してから急成長しているザルツブルクとはいえ、その躍進は国内に限られ、リーグのレベルを考えると、隣国ドイツやスペイン、イングランドなどヨーロッパのトップリーグとは差があるのが現状だ。

―海外でプレーするにあたって、まず言葉の壁があったと思います。オーストリアはドイツ語ですよね?

南野 はい。チームでは監督が代わってから通訳をつけてもらえてラクになりましたけど、最初は大変でしたね。ドイツ語は週3回のレッスンを受けていて、日常会話はもう困りません。ただ、単語の変化がめっちゃ難しい。自宅に帰ってからも調べたりしてなんとかやっているんですけど、日本人が勉強するには日本語で教えてもらわないと無理じゃないですか(笑)。

―生活や食事にも慣れましたか?

南野 大丈夫です。食事は朝と昼はクラブハウスで、夜だけ外食。自分ではめったに作らないですね。ザルツブルクで残念なのは、いい日本食レストランがないこと。だから、たまにクルマで1時間半くらいのミュンヘン(ドイツ)まで行くんですけど、値段が高い(笑)。

ドイツでプレーしている日本人選手が集まることが多いデュッセルドルフにも行ったことはあるんですけど、デュッセルドルフは飛行機でしか行けないので一度だけです。

―シーズン前半の評価と後半戦に向けた目標は?

南野 12節までに7得点を取れた時はいいペースだと思っていたんですけど、その後は僕だけじゃなくチーム全体としても、守備を固めてくる相手に対しててこずった部分はあります。

でも、序盤にそれだけのペースで点が取れたってことは、後半戦でも同じペースで点が取れる可能性はある。簡単ではありませんけど、前半戦以上に点を取らなければ次のステップには進めないでしょうし、最低でもそこは超えたい。(シーズンで)20点取ればドイツに行けますかね(笑)。(ザルツブルクの広報スタッフが隣にいるこの場で)大きな声では言えませんけど、そうなるようにやっていきたいですね。

―南野選手は自分について書かれた記事を一切、見ないという話を聞きました。本当ですか?

南野 見ないですね。それで一喜一憂してもしょうがないですし、自分の写真が載った記事を自分で読んでいたら、客観的に考えて気持ち悪くないですか!? なんか恥ずかしいし、プライド的にイヤなんですよ(笑)。記事の中にはヨイショしているものや、逆に批判しているものもあると思うんですけど、どんなことを書かれても自分のやることは変わらないですからね。

―過去の五輪で印象に残っているシーンや競技などはありますか?

南野 五輪といえば…柔道の野村(忠宏)さんや水泳の北島(康介)さんが表彰台でメダルを噛(か)んでいるイメージが強いですね。それ以外って報道されてましたっけ(笑)。もちろん、4年前のロンドン五輪にはセレッソの先輩たちが多く出ていたので、4年後は自分もその舞台に立たなければとは思っていました。

まだ自分がリオに行けるかどうかはわかりませんけど、とりあえずチームとして出場するチャンスをつかめたことは素直に嬉しいです。

―では、最後にリオ五輪に向けての抱負をお願いします。

南野 前回のロンドンで日本は4位だったので、リオではそれ以上の順位を目指したいです。先輩たちからも4位と3位とでは全然違うという話を聞きましたし、リオではメダルを獲って噛みたいと思います(笑)。

(取材・文・撮影/栗原正夫)