「班目春樹のページ」より

写真拡大

「あんな人を総理にしたから天罰が当たったんじゃないかな、というふうに、このごろ運命論を考えるようになっちゃってますよ(笑)」

 "原発事故は菅直人を総理にした国民への天罰"──。そんな耳を疑う発言をしたのは、東日本大震災時に原子力安全委員会(現・原子力規制委)の委員長だった班目春樹・東京大学名誉教授だ。

 3月8日放送の『みんなのニュース』(フジテレビ)のインタビューVTRでのこと。福島第一原発事故の後、班目元委員長は、政府に専門家として助言する立場として、地震発生翌日の菅直人首相(当時)の原発視察に同行するなどしていた。だが、フジのインタビューで当時の事故対応や助言の内容について問われた班目元委員長は、頭に手をやりながらのけぞりざまに"原発事故は天罰"と大爆笑しながら語ったのだ。

 思わず言葉を失ってしまう暴言である。そもそも班目元委員長は、原発事故の"A級戦犯"のひとりだ。3月12日の朝、菅首相とともに福島原発の視察へ向かった班目元委員長が、ヘリのなかで「大丈夫、水素爆発はおこらない」と言い続けていたことは有名な話だ。ご存知のとおりその数時間後、1号機で水素爆発が起きた。政府対応の初動が遅れたのは、こうした班目元委員長の発言が原因のひとつだったとも言われているが、しかし、班目氏は番組でこのことについて伊藤利尋アナに問われると、こう弁解したのだ。

「『わあ、しまった!』と思った。これは強く記憶しています。建屋まで(水素が)出てきてしまえば、普通の空気ですので、爆発の可能性がある。菅総理に説明する時にそのことまで言わなかったことは大失敗だったとは思うんですが、わたし自身は、間違ったことは言っていないと思っているんです」

 あくまで自分に責任はない、というつもりらしい。だが班目氏といえば、東日本大震災直後も「想定を超えた。想定が悪かった」、2007年の中越沖地震で柏崎刈羽原発が停止した際にも「これ以上考えられないような想定を大きく超える揺れが起きた」などと、つねに"想定外"を強調、政府の御用学者としてのふるまいに終始してきた人物だ。しかし、福島第一原発の事故が本当に"想定外"だったかというと、そんなことはない。それは、他ならぬ班目元委員長自身が過去に出廷した裁判で証明しているのだ。

 07年2月、静岡地裁で行われた浜岡原発運転差し止め裁判で中部電力側の証人に立った班目氏は、非常用発電機や制御棒など複数機器が同時に機能喪失した場合などの危険性を指摘した原告側質問に対し、「(非常用ディーゼルの破断などの)ちょっとの可能性があるというものについては、割り切らなければ原発なんて造れません」「(複数制御棒の同時落下が)起こるとは私には思えません」「地震で(再循環系が)破断することまで考える必要はない」などと答えていた。

 だが、福島第一原発は津波で全電源喪失し、班目元委員長が無視した「ちょっとの可能性」の大半が発生。班目氏はこうした安全性に対する懸念を散々指摘されておきながら、つまり知っていながら「割り切る」ことで、結果的にあの未曾有の原発事故を誘発したのである。これで"想定外"とはどの口がいうのか。

 しかも、他にも班目元委員長は、六ヶ所村核燃料再処理施設を巡るドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディー』(監督・鎌仲ひとみ、06年)のなかで、「最終処分地の話は最後は結局おカネでしょ?」などと、原子力ムラの本音を他人事のようにぶちまけたこともあったが、のちに鎌仲監督が週刊誌で撮影時のエピソードをこう語っている。

「映画には収録していませんが、(班目氏から)『そんなことを言っていると、あんたも反対派だと思われて損をするよ』『便利さを求めて、かつ安全だなんてことはあり得ないだろ』とも言われた」(「週刊文春」11年4月7日号/文藝春秋)

「安全だなんてことはあり得ない」──。完全な開き直りだが、ようするに、この御用学者は原発の脆弱性を承知しながら「割り切って」原発を推進、そうすることで、国民の血税から年間千数百万円もの給与が支払われる原子力安全委のトップにのしあがっていったのだ。

 こうした明らかな"人災"を"国民への天罰"などとすり替えるトンデモ発言が許されていいわけがない。しかも、班目元委員長の"責任転嫁"はこれだけではなく、自身のサイトで公開している震災当時の出来事を描いた四コマ漫画でもまた、菅政権やマスコミを茶化している。自分が事故の想定を無視してきたことなどに対する反省は一切感じられないのだ。

 もはや、人間としての品格すら疑われてしかるべき班目元委員長だが、しかし、この人を手放しで賞賛しているメディアがいる。産経新聞だ。産経は、ウェブ版の「産経ニュース」3月10日付で「原発事故「班目マンガ」の衝撃 拒絶反応から顔の描けない登場人物って... 当然あの人!?」なるタイトルのコラムを公開。筆者は第一次政権時代から安倍晋三首相とべったりの論説委員・阿比留瑠比記者だ。

 コラムのなかで阿比留記者は、班目氏の自作マンガについて、〈事故当時の菅直人首相をはじめ官邸政治家らの無責任で場当たり的な言動が、班目氏の目に映ったまま実に率直に描かれている〉と絶賛。そして、くどくどと菅首相の対応を批判し、〈マンガを通じ、当時の官邸の右往左往ぶりと、その後の自己正当化・美化のありようを改めて思い出した〉と締めている。

 だが「自己正当化」しているのは、どう見ても班目元委員長だろう。まともに原発事故の原因を検証しようともせず、民主党のネガティブキャンペーンにいそしむことで、安倍政権にしっぽを振る阿比留記者は恥ずかしくないのだろうか。だいたい、福島第一原発事故前から政府の原発政策を推進し、事故後も再稼働の旗振り役になっているのはどこの新聞だ。班目元委員長も無責任ならば、産経新聞も"原発メディア"として安全神話を振りまいた責任をまるで感じていないらしい。

 3.11からちょうど5年。安倍政権が血道をあげる再稼働政策とともに、事故を導いた電力業界の責任や、背景にある原子力ムラの構造を追及しようとする報道も、かなり低調になっている。そのタイミングで班目元委員長の「天罰」発言が飛び出したのは、偶然ではない。こうした、本来は原発の危険性を指摘する立場にある人物の無責任な姿勢は、実際、現在の原子力規制委にも受け継がれているように見える。

 昨年夏の桜島噴火の際、原子力規制員委は、近隣に位置する川内原発が噴火によって壊滅的な被害を受ける可能性が指摘されているにもかかわらず、川内原発が稼動している数十年の間に噴火は来ないなどとして、再稼働を認めた。しかも、会見の場で記者から噴火リスクについて問われた田中俊一委員長は、明確な根拠を示さないまま「もう答えてもしようがないから、やめましょう」などと言って、一方的に質疑応答を打ち切ってしまった。

 また先日、裁判所は電気系統のトラブルが原因で再稼働から3日後に緊急停止した高浜原発について、3号機と4号機の運転差し止め仮処分の判断を下した。福島第1原発の事故原因がまだ判明していないことから、新規制基準は安全への配慮が不十分だとし、関電が安全対策を強化したとする立証の不足が指摘されたのだ。しかし、これに関しても田中委員長は定例会見で、新規制基準について「現在の基準が世界最高レベルに近付いているという認識を変える必要はない」として一顧だにしなかった。その開き直り方は、まさに"第二の班目春樹"と言っていい。

 事故や災害のリスクを指摘する声に耳を貸さず、安倍政権の原発政策を後押しするだけの原子力規制委。今後、原発が再び大事故を起こしたとしても、おそらく田中委員長は「新基準は世界最高水準だった。想定外だった」と繰り返すだろう。

 いずれにせよ、もしも原発事故によって「天罰」がくだるべき人たちがいるのならば、それは、リスクを顧みず原発を推進してきた班目氏や田中委員長、そしてこれに異を唱えず政府の犬となっている産経や読売のような御用メディアのほうではあるまいか。
(宮島みつや)