ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんの対談。今回は映画『オデッセイ』を題材に語り合います。

ウェブ小説発の映画作品!



飯田 映画『オデッセイ』は、チームで火星を調査中に嵐に巻きこまれて取り残されちゃった植物学者が、知識を活かして水をつくってイモを栽培したり、地球との通信を回復したりして生還の方法を模索していく話です。全然重たくない。原作のアンディ・ウィアー『火星の人』は電子出版のKDP(Kindle Direct Publishing)発。原作を読んだときはもっと孤独なサバイバルものという印象だったけど、映画は「人類みんなであいつを助けよう!」話になっていた。

藤田 『オデッセイ』は、『ブレード・ランナー』『エイリアン』『ブラック・ホークダウン』を撮ったリドリー・スコット監督の作品ですね。『SFが読みたい!』では、最近、SF映画監督として、キューブリックを超えて、トップSF監督として評価されています。原作は、科学者が、ネットに連載していたもので、海外の「なろう」小説だという評もありますよね?

飯田 あとTOKIOね。火星でDASH村だと。ただ、「なろう」とある意味では似ているけど、「なろう」の場合、行った先の世界から帰ってこようと思わないからね。「往きて還りし物語」になっていないのが「なろう」系のおもしろいところで、そことは違うのでは。ただ、日本でも海外でも、ウェブ小説からの映像化が当たり前になってきたことは間違いない。リドリーはやはりKDP発のヒュー・ハウイー「サイロ三部作」も映画化すると言っているし。KDP発のSFとしては『宇宙兵志願』なんかも人気ある。『宇宙兵』はジョン・スコルジー『老人と宇宙』の影響があって、スコルジーもネットからブレイクしたわけだけども。

藤田 最近は学術書でも、ブログやHPに学者が連載していたものが本になったものが多いですね。出版の在り方が変わっているのを感じます。
 ……それはともかく最近リドリー・スコットは、大味のダメな感じのと、しっくりくるものとのムラが激しいのですが、本作は「しっくりくる」方ですね。
 一言で本作を言うと、ジャンプの「友情・努力・勝利」に倣って言えば、「科学・技術・根性」! って話。過酷な環境で、科学的知識と技術で、生存の方法を探るっていう物語で、SF映画としての新しさのキモはそこですね。

飯田 それはさておき、火星でドナ・サマーのディスコソング「ホット・スタッフ」がかかるのは笑ったなあ。

藤田 ボウイの『スター・マン』がかかったのにはちょっと涙腺緩みましたが。

画面の情報量がすごい!



藤田 本作が絵的にすごいのは、粉塵、反射、モニターですよ。

飯田 粉塵は、リドリーが前に撮った『プロメテウス』とほとんどいっしょだったような……w

藤田 『プロメテウス』も、3Dで粉塵の描写が凄かった(嵐のところ)けど、よりその芸が前半で冴えていた。3Dかつ大きなスクリーンじゃないと見えないと思う。「反射」に関しては、『エイリアン』や『ブレードランナー』などでもやっていた、ヘルメットやガラスに反射して立体的に予測不可能な混乱した軌跡を3Dに描く芸ですね(カメラに光が入り込むのまで3Dで再現していた)。モニターに関しては、作中にモニターがいっぱい出てくるのと、「作中のデジタル動画」が、スクリーン全体になるところがあって、そこのデジタル的なテクスチャ―の感じで遊びまくっていた。

飯田 絵的にと言えば、『2001年宇宙の旅』(Space Odyssey)オマージュが随所に。それで邦題を『オデッセイ』にしたのかな。

藤田 宇宙船『ヘルメス』の造型は、『2001年宇宙の旅』っぽかったですよね。本作の造型的な魅力は、リアリティですね。『ブレードランナー』や『エイリアン』のような、〔くすんだ感じで)未来っぽいのではなくて、割とありうる、手が届く感じのメカ。はやぶさの模型を国立科学博物館で観ましたが、結構似ていました。金色っぽいホイル(?)の意外と安っぽい感じとか。さすがNASAが協力しただけのことはあるなと。
 リドリー・スコットの、3Dを手に入れてからの弾けっぷりは異常w 年齢から考えて、どうなっているのかわからない。安定した画面で、堂々と火星や宇宙の映像を出してくるところと、緊急事態などでカメラが揺れまくって光が反射しまくって破片が飛びまくる事態との、緩急の落差も見事でした。『エイリアン』も、観返すと、クライマックスでは画面が揺れまくって光の乱反射使いまくっているんですよね。初期の『レジェンド』や『ブラック・レイン』ではスモークがトレードマークだったけど、3Dの時代に入って、スモークではなくて粉塵に切り替えた感じ。スモークだと3D表現難しいですからね。

飯田 なるほど。『オデッセイ』は『ゼロ・グラビティ2』(?)的な印象もあった。

藤田 『ゼロ・グラビティ』感はありましたね。たった一人が、サバイバルするのを、3Dの感じで描くのは。……というか、ネタバレは避けたいのですが、宇宙のシーンは、すごく似ていましたね。

飯田 そういうプレゼンで企画が通ったのかも。「火星でサバイバル×ゼロ・グラビティ!」って。

藤田 でも、一番肝心の、「火星でイモを育てて生き延びる」ってところは、絵的には地味なんですよねぇ……w そこが物語的には一番美しいのに
 粗もちょっと言いたいんですが、『アイアンマン』(観た人はわかるはず。観てない人は、わからなくていいです)のところは、「ないでしょ」ってぼくはなりました。もうちょっとシビアに行ってほしかった、そこは。

飯田 アイアンマンのモデルになったのは起業家のイーロン・マスクだと言われているわけだけども、イーロン・マスクがスペースX社を率いて火星進出をガチで考えているところにアイアンマンネタをぶちこんだ、っていう文脈なんじゃないの、あれ。

21世紀のジュール・ヴェルヌ



藤田 絶体絶命のときでも、科学と技術を使って、目の前にある課題を一つ一つなんとかこなしていくことで、生き延びれるかもしれないっていう、あの主人公の楽観的な性格と、作品全体のメッセージは、何か染みてくるところがありますね。
 悲観的な情況の中でも楽観的でいる、という、SFや科学の態度の意義を示してくれた。

飯田 そこは『スタートレック』感があった。

藤田 主人公の精神も、相当キツかったはずですよね。食い物も少ないし。精神安定剤を飯に混ぜて食べたりしちゃう即物的な対処で頑張るのがよかった。そこは、原作では(文字なので)もっと深く描写されていたのではないかと推測しますが。

飯田 もしシリアスに振られていたら、ありがちなトーンの作品になっていたかな。

藤田 そうですね、NASA側の人間が、火星に取り残された彼はどんな気持ちなんだろうかと深刻に考えている次に、ディスコ音楽とかを聴いて結構楽天的な主人公の姿を映して、「よくありがちな想像とは違うぞ」ってことを示していましたからね。

飯田 あれって現実で「火星行ける」とか「シンギュラリティ超える」とか言ってる連中と同じメンタリティだよねw ヴィジョナリーというか。

藤田 明るいギーク、ですよね。それで思い出したのは、19世紀の作家、ジュール・ヴェルヌなんですよ。孤島に流れ着いても、自分たちでなんとかしちゃうじゃないですか。『十五少年漂流記』とか、結構楽天的に楽しむ。『神秘の島』なんて、島に鉄道を引いたり電気を引いたりしますからねw 当時の「無人島」を、宇宙時代に置き換えると「火星」なんじゃないかと。

飯田 ヴェルヌ作品では大砲で飛んで月まで行ったりするし。

藤田 「科学・技術・根性」の元祖というか。アイデアと、根性と、DIY精神で、なんとかしちゃった上に、その状況を楽しんじゃうのは、まさにヴェルヌですよ。科学のポジティヴな力を信じられていた感じがある。本作も、火星を「植民地」にしたと、ジョークながら言う箇所がありますよね。ヴェルヌの時代の植民地はリアルにえげつかなかったけど、本作では、ささやか。科学の楽天性の暴走による「やりすぎ」は抑制されていた。その節度の感じも悪くないですよ。

リドリーの神話シリーズ(?)はどこへ行く!?



飯田 しかしリドリーは『プロメテウス』を撮って『オデッセイ』を撮って、SFでギリシア神話シリーズでもやっていくんだろうか。
なんで邦題が『オデッセイ』なのかはよく知らないけど(原題は原作と同じ『The Martian』)、『オデッセイ』(『オデュッセイア』)は言うまでもなくホメロスが書いた叙事詩で、トロイア戦争が終結して還ろうとしたオデュッセウスが嵐に襲われて漂流、いろいろあってようやく帰還する話。意味もなく勝手に日本でのタイトルを『オデッセイ』にしたとは思えないので、この作品はヨーロッパ文学の源泉とも言われる物語になぞらえている、という解釈をしてみたい。『プロメテウス』もギリシア神話になぞらえたものだった。

藤田 『エクソダス』もやってますからね。大がかりな神話的世界を描こうとはしている気がしますね。ただ、今作は神話感が比較的少なかったかな。(『悪の法則』も割と等身大の話)

飯田 一見関係のない作品同士を連作として観ると……みたいなものをちょっと期待しているんですが。『プロメテウス』の調査シーンと『オデッセイ』の冒頭があまりにもそっくりだったので。

藤田 『プロメテウス』の続きもやるみたいですから……。プロメテウスって、ギリシャ神話で人間に「火」を与えた人ですよね。智慧、科学、自由を与えた文化英雄であると解釈されることもありますが。わざわざ売れる『エイリアン』のタイトルではなくそちらを選んだのは、意図はあるでしょうね。本作の「科学」を、その「火」の末裔と観るのは、ありえる見方かと思います。

飯田 原作『火星の人』は「SFが読みたい!」2014年版海外SF部門で1位、つまり日本のSFファンには映画化される前から知られていた小説なわけで、この調子で「SFが読みたい」常連のグレッグ・イーガン作品も映画化してくれたら日本で大ヒット間違いなし!

藤田 ……無理でしょうw