古代中国から伝わる言葉に「是薬三分毒」という言葉がある。薬に三分の毒あり、すなわちどんな良薬でも使い方を誤れば毒薬となり得るという教えだ。薬が「良薬」となるか「毒薬」となるかは薬自体の問題ではなく、使う側の理解や行動で決まる、という捉え方もできる。(イメージ写真提供:123RF) 

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 古代中国から伝わる言葉に「是薬三分毒」という言葉がある。薬に三分の毒あり、すなわちどんな良薬でも使い方を誤れば毒薬となり得るという教えだ。薬が「良薬」となるか「毒薬」となるかは薬自体の問題ではなく、使う側の理解や行動で決まる、という捉え方もできる。

 中国メディア・騰訊網は7日、中国国内の著名ジャーナリスト・熊培雲氏による「日本は中国にとっての薬である」という論理を紹介する文章を掲載した。文章では中国と日本の社会構造を比較、中国は「強い国家、弱い社会、強い個人」という凹型構造で、日本は「弱い国家、強い社会、弱い個人」という凸型構造であると説明した。

 そして、「社会の空気感が個人を窒息させる」と悲観的に捉えられがちな日本社会のシステムが、実は「極端な個人主義の横行により乱暴な言葉とゴミが散らかっている、自由な国家や責任ある社会を作れていない」中国にとっては大いに参考になるものであると論じた。

 そのうえで、「日本は中国にとって薬である」と説明。日本の社会づくりを真剣に学べばそれは「良薬」となり、中国の「弱社会、強個人」という病巣を治せるが、仮に右傾化という観点からしか日本を見ず、民族主義や国家主義路線を強めるようなことがあればそれは「毒薬になるのだ」とした。そして、「『薬』の性質は大方、中国が日本に対してどのような態度で臨むかによって決まってしまうのである」と指摘した。

 ある物事をどのようにとらえるかでポジティブ、ネガティブどちらにもなり得るというのは、実は薬に限らず普遍的な道理なのだ。中国が日本をどう見るか、と同時に、日本が中国をどう見るかという点においても当然この道理が当てはまる。日本にとって中国は今「良薬」になっているだろうか、それとも「毒薬」だろうか。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)