600種類を超える「福島の花」を撮影し続けている福島県郡山市の写真家、野口勝宏さんが日本記者クラブで写真展を開き、心情を語った。写真は写真展。

写真拡大

東日本大震災から5年。600種類を超える「福島の花」を撮影し続けている福島県郡山市の写真家、野口勝宏さんが日本記者クラブで写真展を開き、心情を語った。野口さんの写真は口コミで広がり大震災に遭遇した多くの人たちを癒し、生きる原動力になった。活動に共鳴したボランティアらの手で、これまで郡山市の百貨店をはじめ福島県内外で多くの写真展が開催され、外出が厳しく制限されていた子どもたちも、「福島の草花」の写真シールに感動したという。

【その他の写真】

一連の写真は、「第35回Nikon Photo Contest 2014-2015」で日本人初のグランプリを受賞。今年5月からは、全日空の国内線の機体に野口さんの写真をデザインした「東北フラワー・ジェット」が福島―大阪間をはじめ全国各地の空を飛ぶ予定だ。発言要旨は次の通り。

2011年5月、当時1000人以上が避難していた郡山市の「ビッグパレットふくしま」に行き、県職員から後世に記録するために、依頼された写真を撮影しようとした。しかし避難所の方々は、2か月経ってもプライバシーのない生活を余儀なくされていた。精神的にぎりぎりの状況にいる人たちに、カメラを持って行くだけで拒絶されるような状態だった。「撮らないで下さい」と言われ、レンズを向けることができなかった。

郡山市の自宅兼スタジオの壁に30〜40センチの大きな穴が開き、雨漏りに悩まされたりしたことで、震災直後は私自身、心に余裕がなくなっていた、1週間ほどして知人が花を持ってきてくれた。その時気持ちが落ち着き、目頭が熱くなった。

ある日、避難所で皆さんが寝静まった深夜に、手元をライトで照らして作業している人がいた。花をモチーフに段ボールでアート作品を作っていた。花は避難所の皆さんに喜んでもらえ、花を飾ると皆さんが集まり、会話が始まるからだと言っていた。そこで私が感じたことは、心が弱っている時だからこそ美しい花は、本物でなくても心を動かすということだった。

そこで、近所の人からもらった生花をバケツ4つに入れて持っていくと、避難所の重々しい空気がぱっと華やいだ。「きれいな花だね」「また持ってきてね」などと会話も弾み、次第に避難所の様子を写真に収められるほど、交流が生まれていった。

花を中心にすると、こんなにどんどん人の輪が広がっていき、花の美しさが響き、心を動かしたのだと思い、「花の力」を感じた。より多くの人の癒やしになればと、福島の花を撮影し、フェイスブックに投稿を始めた。原発事故が騒がれる中、福島の自然の美しさを伝えたいという思いもあった。

写真は背景をなくし、花だけを切り抜く形にした。大震災で多くを失った人に、それぞれの思い出で背景を埋めてほしいとの思いを込めた。自分が撮った花で、人をつないでいける。喜んでもらえることが原動力になっている。

言葉の壁、国や文化、立場の違いさえも飛び超えて共感しあえる花の歓びを、少しでも多くの方に感じて欲しいという思いにつき動かされて日々活動している。福島が美しい「花の島」であることを感じていただければ何よりも嬉しく思う。花で街を明るくし、「花の力」で人を元気にしたい。(八牧浩行)