7日、モンゴル族の巴達(バー・ダー)さんは、農村で生まれ育った青年だ。そして、専門学校を卒業して2002年の夏に上京。宅急便の配達員を始め、その時の月給が1000元(約1万7000円)だった。

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2016年3月7日、モンゴル族の巴達(バー・ダー)さんは、農村で生まれ育った青年だ。そして、専門学校を卒業して2002年の夏に上京。宅急便の配達員を始め、その時の月給が1000元(約1万7000円)だった。それから14年が過ぎた今、巴さんは北京で日本料理店4軒、西洋風喫茶店1軒のオーナーになり、マイホームを購入しただけでなく、きれいで頭が良く優しい日本人の女性とも結婚した。北京や上海、広州、深センで一生懸命働く若者にとっては励みとなるモデルケースとなっている。このほど、北京の魏公村にある日本料理店の本店「加藤屋」を取材し、巴さんにその奮闘のストーリーを聞いた。中国網が伝えた。

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店の外観はそれほど目立つものではないものの、店内に入ると、日本風の内装が施され、品があり落ち着く雰囲気となっていた。そこは、狭苦しくなく、リラックスできる日本の居酒屋のようだ。この店は開店から20年以上が経っており、飲食店が集まる魏公村でも、人気の店の一つだ。近くの北京外国語大学や中央民族大学の学生らだけでなく、社会に出て何年にもなるホワイトカラーも友人らとここに集まってくる。

巴さんは「専門学校を卒業してから、地元の畜牧当局で公務員として働き、牧場で牛や羊を世話する機会もあった。でも、一生草原で牛や羊と暮らすのはいやだと思った。それで、多くの人にとってあこがれの北京に来た。02年初めに北京に来て、初めてした仕事が宅急便の配達員。雨の日も風の日も配達をしていた」と話す。しかし、その生活に、巴さんが満足することはもちろんなかった。「半年以上たった時、いとこの紹介で『加藤屋』で働くようになった。その時は興奮して一晩眠れなかった」と巴さん。これをチャンスと見なし、朝から晩まで一生懸命働くと同時に、店長から経営や管理を教わった。そして、数年後、一定の貯金と経験を得た時に、オーナーの加藤さんが一身上の都合で日本へ帰らなければならなくなり、巴さんはいとこと共にこの店を買い取り、経営を始めた。

「当店は流行りを追うのではなく、教えてもらったおいしい料理を地道に作り、常連客を獲得するのが方針。例えば、当店のおすすめ料理は『和式トンカツ』。簡単に見えるかもしれないが、おいしいトンカツを作るのは決して簡単なことではない。良い豚肉を選ぶことのほか、小麦粉や油の温度、ソース、さらにはお米も、トンカツの口当たりに影響する」と巴さん。さらに、客の反応を参考に、改良を続け、完璧なトンカツを目指しているという。

店を経営する上で最も大切なのは「心を込めることと専念すること」という巴さん。料理のクオリティの高さが認められ、値段も手ごろであるため、常連客が増え、どんどん繁盛。規模が大きくなり、利益も増えたため、北京で4店舗抱えるようになり、さらに西洋式の居酒屋もオープンさせて、カレー料理やスイーツを提供している。

モンゴル族特有のさっぱりした人柄もあり、巴さんは多くの客と仲良くなった。それら友人には、中国人もいれば、日本人もいる。大学を卒業して北京以外の地で就職したにもかかわらず、大学生生活の「味」を思い出して頻繁に来店する人のほか、自分の会社のカレンダーなどを毎年くれる日本人客もいる。そのため、店の壁には、客たちの楽しい思い出がいっぱい詰まっている。

それだけでなく、巴さんはここで、生涯の伴侶も見付けた。名古屋出身のやさしくてかわいい日本人女性。偶然にも女性の名前は「加藤」であるため、この店の名前は妻に由来していると思う客も多いという。そんな加藤さんもこの店の常連客で、店に通ううちに巴さんと仲良くなった。巴さんは、「そのうち、二人で食事に出かけるようになった」と幸せいっぱいの笑みを浮かべる。

評判のレストランを経営すると言うのは、簡単なことでは決してなく、初めは巴さんも苦労したという。店を引き継いだ時は、規模も小さく、客も少なかった。客を呼び込むため、巴さん夫婦は街で広告を配った。広告を受け取ってもすぐに捨てられてしまうことが多いため、巴さん夫婦はアメをたくさん買い、広告1枚1枚に付けた。すると、その小さな工夫が功を奏し、「加藤屋」の客は大幅に増加したという。

「僕は運命を信じているが、運命は変えられるものとも信じている」と巴さん。運命だとあきらめるのではなく、地元での生活を捨て、上京したように、「努力し、自分のスタイルを見付ければ、誰でも自分の運命をコントロールできる」と話す。

そして、「誰もが起業に向いているわけではない」としながらも、起業を目指す若者に、▽継続すること▽起業する分野を見極め、自分が好きで得意とする分野を選ぶこと▽心をこめてする。どうやってお金を儲けるかをまず考えるのではなく、お客さんをどのようにもてなすかをまず考え、サービスと商品のクオリティーを上げること、とアドバイスしている。

「今まで出会った日本人は、みんな時間を守り、仕事をまじめにこなす。これは、尊敬できる部分。日中関係の影響を受けたこともあるが、国と国の政治的関係が悪くなっても、民間交流は続けるべき」と続けた。(提供/人民網日本語版・翻訳KN・編集/武藤)