「これでいいのか!」「恥ずかしくないのか!」

 気丈に一歩前に進み出た宮間あや(湯郷ベル)の目に、見る見るうちに涙が溜まっていく。10秒......15秒......宮間はゴール裏からの怒号に顔を背けることなく、ひとり最前列でしっかりと顔を上げ、唇を噛みしめながら真正面からその声を受け止め続けた。

 これが自分たちの招いたことの結末なのだと、これが自分たちの実力なのだと、これが自分たちの負う責任なのだと、自らに刻み付けているようだった。かかるはずのキャプテンからの挨拶の指示がないことに戸惑っていた選手たちもようやく、不動を貫く宮間の意図を理解する。そして一礼――全員が長い時間、深く頭を下げ続けた。最後まで頭を上げようとしなかった宮間。ここから新たななでしこジャパンを作っていく選手たちは、この宮間の姿を決して忘れるべきではない。

 最後まで歯車は噛み合わなかった。負ければ、その瞬間にリオデジャネイロオリンピックへの扉は閉ざされる。この一戦の重要性は全員が理解し、気合いも入っていた。それでも、結果は出なかった。

 背水の一戦に佐々木則夫監督が絞り出したフォーメーションは、阪口夢穂(日テレ・ベレーザ)、川村優理(ベガルタ仙台)のWボランチ、左SHに3連戦となる宮間を据える4−4−2。2トップには大儀見優季(フランクフルト)と好調なプレーを続ける横山久美(AC長野)を組ませた。こだわり続けた宮間のボランチ起用から、サイドにスライドさせることで攻撃に緩急、変化を与えるであろうこの形。手詰まりとなった現状では最良の布陣だったと言える。

 両サイド奥のスペースから速いクロスでゴール前にチャンスを送る。狙いは明確になっていた。CKも獲得した。

 しかし、先制点を得たのは中国だった。川村のバックパスがつながらず、それをジャン・ルイにさらわれて失点。またしてもミスからの自滅パターンでビハインドゲームを余儀なくされた。それでも30分以降は、左サイドから鮫島彩(INAC神戸)のクロスに大儀見が競り、こぼれたところを中島依美(INAC神戸)が詰めてみせた。さらに、その4分後には横山がGKとの1対1に持ち込むなどあと一歩まで迫る場面もあったが、ゴールは遠い。

 後半、失点以降も馴染むことができなかった川村に代えて、岩渕真奈(バイエルン)を投入。ゴールを生むことなく、宮間をボランチに戻さざるを得なくなった。後半開始直後には、その宮間がミドルシュートを放ち、ゴールへの道筋を描きかけたが、58分、逆に中国がグー・ヤーシャのゴールで追加点。7分後に横山が自らのインターセプトからドリブルで持ち込み、一矢を報いたものの、そこからの波状攻撃で同点弾を生み出すことはできなかった。流れがあっても乗り切ることができなければ劣勢を押し戻すことなど不可能。この一戦でも、決定力不足の改善はならなかった。

 ピッチに立ち尽くすのは打ちのめされた"10番"。

「本当の実力を見せつけられてしまった無力感と何もできなかったっていう責任感」(大儀見)から動くことができなかった。悔しさしか感じなかった12年前のオリンピック予選。誰の目にも大儀見の成長は眩しく、自信をつけて臨むこのオリンピック予選で新しい自分を見つけたかった。それが10番を背負うものとしての責務であり、チームにとっても新しい形になると信じていた。

 しかし、大儀見は完全に封じられた。それでも瞬時につく数枚のマークもろとも存在を消されるのであれば、大儀見とて本望に違いない。自らが刺し違えることでチャンスが生まれるのであれば嬉々としてその身を投げ出すだろう。でも、それには誰かがそのチャンスを生かさなければ意味がない。"見殺し"では、ただの消され損である。

 ピッチ上は裏の読み合いであり、手の内を知り尽くしたアジアの戦いではなおさらのこと。相手がボランチを狙ってくるのであれば、大儀見を潰しにくるのであれば、あえてそこを逆手にとってハメるくらいの対応力が必要だ。相手に応じて対応してくる対戦国に対して、自らのサッカーを変えない選択をした佐々木監督。そのなでしこのサッカーが封じられたとき、選択肢は一気に狭まってしまった。

 試合後、ゴール裏のサポーターから吐き出された鬱憤は、なでしこジャパンが初めて身に受けるものだった。黎明期(れいめいき)はその進退に興味すら持たれなかった。上昇期は3万人の声援で押し上げてもらった。ドイツワールドカップ優勝後は、常勝チームというイメージがつき、オリンピック出場が当然視されるようになった。

 特にここ4年は、なでしこジャパンの躍進によってアジア勢のレベルが確実に引き上げられた。その環境下で初めて行なわれた今回のオリンピック予選は、前回の予選で、はじき出されたオーストラリア、韓国、中国の成長が際立っている。これまでも、アジアを牽引する国は中国、北朝鮮、そして日本と変わってきている。

 なでしこジャパンだけでなく、アジア内でも女王の座を巡り、転換期がやってきている。その流れを感じながらも読み切れなかったのが日本ということだ。この敗戦で数字上は可能性が残っているとはいえ、対戦カードを考えれば、残り2試合に勝利したとしても出場権獲得は絶望的だ。けれど、まだベトナム戦、北朝鮮戦を残す日本。

「本当に長い間このチームでやってきて、やることを変えていないのに結果が出せない。自分たちは間違っているんじゃないかと思ってしまうこともあるんですけど、今までも自分たちや監督を信じてここまでやってきたのでそれをやめずに最後までやっていきたい」

 宮間は言葉をゆっくりと絞り出した。

「国を背負ってプレーしている自覚がない選手はいない。キャプテンとして自分が何を言われても自分の選手たちを最後まで守りたいと思っています」(宮間)

 残り2試合でなでしこに何が残るのか、何を残すのか――見届けたいと思う。

早草紀子●取材・文 text by Hayakusa Noriko