Uberの「急進的リブランディング」の全内幕

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先月、企業ロゴとアプリアイコンなどのデザインを一新した、アメリカ発の配車サーヴィスUber。彼らにとって新たなブランドをつくることは、「自分たちは何者なのか?」という正解のない問いに挑むことだった。CEOトラヴィス・カラニックとチームの、2年半におよぶ挑戦。その全貌をめぐるロングストーリー。

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スマホの電源を入れて白黒のUberアイコンを探しても、もうそれは見つからない。代わりにあるのはカラフルな幾何学模様、すなわちドライヴァー向けの六角形と、ユーザー向けの小さな四角を囲んだ円のアイコンだ。

中国では赤、インドではターコイズブルー、アメリカでは深緑と、その色や図柄は国によって異なるが、アプリはどの国であろうとエレガントなパターン柄でできている。

まだ試していないのなら、確かめてみるといい。ちゃんと機能するか? 気に入るか? 訳がわからない? いずれにせよ、正直に言ってほしい。

なぜならいま[編註:本記事の原文初出は2016年2月2日]、サンフランシスコのダウンタウンにあるUberのがらんとしたオフィスの4階で、同社の喧嘩っ早い創設者でCEOのトラヴィス・カラニックが、人々の意見を聞くのを待っているからだ。きっと彼は、うろうろ歩き回っているだろう。何か問題に取り組むとき、彼はいつもそうする。そしてこの問題は、彼が2年半以上にわたって取り組んできたものなのだ。

「何が起こるかはわからない」と彼は、新しいデザインをローンチする5日前に筆者に語った。「人が新しいものに慣れるのには、時間はかかるものだ」と彼は言う。「でも、いい結果になる気がするよ」

多くの投資家たちが、フォードやFedExよりも価値があると考えている“交通機関とロジスティクスのユニコーン”たるUberは、本日リブランドを行う。

Uberの新しいロゴ、新しいアイコンは、同社が地域ごとにもっている個性を反映している。Uberが進出している65カ国それぞれに対して、その国に合った色と図柄、新しいミッドセンチュリーモダンなイラスト、そして写真のガイドラインなど、新しいブランドアセットのツールボックスが用意されているのだ。Uberは、新たな製品をつくり新たな顧客を惹きつけ発展する、より柔軟性のある新しいブランドを育てようとしている。

CEOはゼロからデザインを学んだ

Uberが新しいデザインのローンチと同時に公開したコンセプトヴィデオ。

カラニックとデザインチームは、どうして、あまねく浸透する「U」のロゴを取り換えることになったのか。それは、Uberが世界中でどのように受け取られているかだけでなく、Uberが自分自身をどう受け止めるかを変えるためである。

2010年、Uberの創設者たちは、裕福な仲間連中が、ボタンを押すだけでBMWやリンカーンタウンカーを手配できるアプリをスタートさせた。彼らがつくろうとしたのは「サンフランシスコを勝ち組らしく移動する」ための、エレガントでエリートらしいやり方だ。

もちろんこれは、Uberが監査機関と衝突し、ドライヴァーを個人契約者として誤って類別しているとの申し立ての訴訟を受ける前のことだ。そして、物流の未来を担うことを約束し、650臆ドル近い価値があるとして、100臆ドル以上の資金を集める前、あるいは「UberX」や「UberCommute」「UberPool」など、リッチな感じはそれほどしない誰にとっても使えそうなサーヴィスを打ち出す前のことだ。

「初期のアプリは贅沢志向だったんだ」とカラニックは言う。「出発点はそこだった。が、いまわたしたちがいるのはそこではない」

今日Uberは65カ国、400都市に広がっている。同社にいるおよそ6,000人のうち、3分の2近くは入社1年に満たない新規雇用のメンバーである。

この種の急成長は、ブラックベリーやパーム、ツイッターなどの過去の事例をみても、スタートアップにとっては、その視点をブレたものにしてしまう原因になる。従業員が家のリヴィングルームに収まってしまうくらい少人数のときは、(創業者が)自分のプランを伝えることは簡単だ。しかし、いまやそれは大幅に難しくなってしまった。ましてやUberは、グローバルかつローカルなブランドである。例えばムンバイ市場とラゴス市場はまったく違うのだ。

カラニック曰く、Uberのリブランドの目的は、エコシステムのなかにいるすべての人(利用者、パートナー、そして従業員たち)に、会社の文化と目標をより深く理解してもらうことにある。

しかし、ここで問題だ。カラニックはデザイナーではない。彼はエンジニアであり、生まれながらの起業家である。それなのに彼は、ほかの誰にもリブランディングを任そうとしなかった。これは珍しい選択だ。たいていのCEOは、企業の価値感をフォントと色彩に変えることに長けた専門家を雇うか、社内チームを使う。

しかしカラニックは違った。過去3年間、彼はUberのデザインディレクター、シャリン・アミンを含める12名ほどの者とともに、彼らが「War Room(戦争部屋)」と呼ぶ狭いスペースでアイデアを出し合ってきた。その過程で彼は、文字詰めからカラーパレットまでのさまざまな概念を学んだ。「こういうことに関しては、まったく無知だった」とカラニックは言う。「でもそれが大事だということはわかっていた。だからよいものにしたかったんだ」

ブランドをもう一度新たにすることに「個人的なこと」が含まれているとわかれば、カラニックの熱意をより理解できる。「創業者にとっても、会社にとっても、これは進化だったんだ」と彼は言う。「その2つは強く結びついているものだから」

Uberを始めて間もないころ、カラニックは好戦的な男で、監視機関やタクシー産業、競合企業とのぶつかり合いにいつも怒っている「反逆のヒーロー」のような印象だった。

だが、カラニックは、それらはすべてメディアによってつくられたものだと言っている。彼が言うには、自分の正体がはっきりと認知されていないとき、企業も個人も、容易に「ミスキャスト」されてしまうという。

今年40歳を迎え、短いごま塩頭にもう少し白いものが増えたカラニックにとって、ブランドを新たにすることは自らを見つめ直すことでもあった。自分は何者であるのかを明確にし、自らが始めた会社とともに、自分にさらなる進化に必要な柔軟性を与えようとする試みなのだ。

サンフランシスコのHQにて。左から4番目がCEOのトラヴィス・カラニック。

自分たちでやらなくてはいけない

デザインディレクターのアミンは、2012年春にUberにジョインしたその日から、ブランドをリデザインしたいと思っていた。細身で黒縁メガネをかけた、うっすらと髭を生やした37歳のアミンとカラニックは、約6カ月前からUberのアプリをリデザインする契約プロジェクトで一緒に働いていた。

Uberのブランドにおける課題は多方面にわたっている、とアミンは感じた。ひとつには、Uberは2つのロゴをもっていたことだ。ひとつはアンドロイドアプリで使われる〈箱の中に「U」があるもの〉で、もうひとつはiOSで使われる〈箱のない「U」〉だった。「U」の左の突起部分には見苦しいねじれがあったし、ロゴが横に並んで表示されると、大文字の「U」が「Uber」の隣で心もとなく見えた。

カラニックは問題があることは認識していたが、彼にはもっと緊急の問題がいくつもあった。Uberは(当時)20以下の都市にしか契約している自動車がなく、従業員も50人だけ。デザイナーはそのうち2人のみだった。「わたしはスタートアップの経営者で、動かさなくてはならないビジネスを抱えていたのです」とカラニックは言う。

一方で2012年7月、会社は「UberX」をローンチ。「UberCommute」と「UberPool」はのちに出てくるのだが、とにかくUberはわずか数カ月の間に違う会社になってしまったのだ。

2013年の末、Uberは、リフレッシュするための時間が必要だと判断した。彼らは6社以上の(デザイン)エージェンシーと面談を行ったが、どれも合っている気がしなかった。エージェンシーは素晴らしいアイデアをもっていても実行する力がないか、デザイナーたちがカラニックとアミンがやりたいことを理解できなかったかのどちらかだった。

正直なところ、アミンとカラニックも、自分たちが何をしようとしているのかを完全に理解していなかった。そして彼らは、自分たちが変わった点だけでなく、当時のUberのあり方、そしてこれからのあり方も理解する必要があると気づいた。数人のほかのデザイナーたちとともに働き、アミンとカラニックは簡単な言葉とフレーズに凝縮できる、新たなブランドの柱となる会社の原則を言葉にしようと試みた。

それから18カ月を経て、彼らはUberを最もよく表す5本柱を決めるにいたった。すなわちUberは、地に足が付いていて、大衆主義で、インスパイアリングで、高度に進化していて、陽気であることを目指すのだと。

2015年の春には、人を外部に頼るのを止めていた。そのころには、Uberは社内に優れたデザインチームをつくっており、自分たちのアイデアに、より大きな自信をもつようになっていた。自分たちだけでやろう、と彼らは決心した。そして大きな進歩を遂げたのだ。

ロジャー・オドンというブラジル人デザイナーがグーグルからやって来て、タイポグラフィーの仕事に取りかかり、読みにくかったロゴをリニューアルするために200の新しいフォントをつくり出した。彼はそれらを、角ばったフォントと丸い角の太いフォントの2つに絞った。そしてそれぞれのよい部分を組み合わせ、Uberの「e」の突起部分を調整し、読みやすいロゴを生み出した。

どんなデザインにおいてもデザイナーが完璧を求めて終わりのない微調整を繰り返すものだが、このときは違った。アミンは言う。「デザインのレヴューには10分しかかかりませんでした。彼(カラニック)は『いいね!』という感じでした」

しかし新たなロゴは、もっと大きな問題を生んだ。Uberのこれまでのブランド資産が古びていることがより浮き彫りになってしまったのだ。リフレッシュどころではない、会社全体を新しくするときが来た。

ビットとアトムの北極星

Uberのデザインチームは本当に行き詰ったとき、アミンの家を訪ねた。そのコンドミニアムは、内壁が黒板になっていて寝室が3つある。サンフランシスコのヒップなミッション地区の端に位置しており、角にはブルーボトルコーヒーがあった。2015年6月、いいアイデアが出ないまま何百ものアイコンをスケッチしたあと、アミンは彼らを家に招き、1週間の休息を行った。

彼はデザイナーたちに、イメージだけでなくコンセプトも考えるように求めた。アイコンを描くことは誰にでもできる、と彼は言う。その裏にはどんなストーリーがあったか?ということを考えなければいけないのだと。

彼らは壁にスケッチしたりしながら試行錯誤していたが、あるときカラニックの書いたブログに目を止めた。そこで彼は、Uberの文化を「ビットやアトム(原子)が合わさったもの」だと描写していたのだ。「ビット」はUberのマッピングやソフトウェアに関係する機械の効率性を、「アトム」は人々を象徴している。ビットとアトムの概念が、チームに新たなデザインの枠組みを与えた瞬間だ。このビットとアトムの枠組みが、チームに新しい色やパターン、写真、イラストレーションを考えるための指針となった。

コミュニケーションデザイナー、キャサリン・レイ。

ロゴの展開用パターンをつくったクリエイティヴな心のもち主は、キャサリン・レイだ。28歳のコミュニケーションデザイナーで、彼女は新たなブランドについてあれこれと考えているときに、自分の寝室の小さな正方形のタイルにインスピレーションを感じたという。

その格子柄が、デザインチームが考えていたビットのイメージとうまく響き合った。彼女はそのアイデアで遊び始め、楕円や線をスケッチし、それから50種類のパターンをプリントしてディスプレイに貼り付けた。

彼女はそれを眺めた。チームもそれを見た。カラニックもそれを見つめ、お気に入りに赤い付箋を貼っていった。彼女は問題のあるもの、つぶれすぎているものやごちゃごちゃしすぎているものに黄色の付箋を付けていった。

色を選ぶことはもっと大変だった。黒、白、青のパレットは冷たすぎたし、ハロウィンやヴァレンタインデーの宣伝のように見えるのは嫌だった。カラニックは色選びに夢中になり、彼が遠回しに言うところの自らの「ユニークな」好みによって、ピクセルや色を考えていった。

部屋中に小さな笑いが聞こえた。「あなたの個人的な好みを理解しようとするのは諦めました」とアミンは彼に言ったという。「『あのカラニックは、こんなパステルカラーと明るい色が好きだったのか』って感じでしたね」

ローカルなビジネスのためのデザイン

彼らはよく行き詰まった。問題は、カラニック自身も気づいていたように、彼がすべてをコントロールすべきではないということだった。

Uberのグローバルでローカルなブランドが、カリフォルニアのリッチな白人男性の色の好みを中心として回っているのは間違っているように思われた。例えそのカリフォルニアのリッチな白人男性がCEOだったとしてもだ。

「わたしたちはその場を離れ、こう思いました。『これはおかしい、ぼくたちはトラヴィス(・カラニック)のためにブランドをデザインしてしまっている』」とアミンは言う。ある時点で彼は、ほかのデザイナーたちも従える「原則」をつくればプロセスはもっと簡単になるということに気づいた。異なる地域によって異なるカラーパターンをデザインするというアイデアを思いついたのは、そのときだ。

エビ・アタウォディは、ラゴスのUberナイジェリアのゼネラルマネジャーだ。ひどい渋滞で有名な都市には2,100万人が住み、彼らの40パーセントがスマートフォンをもっていると、彼女は教えてくれた。29歳のアタウォディは去年、地元テレコムのオペレーターの職から引き抜かれ、ラゴス市場の拡大という任務を受けている。

Uberはグローバルなブランドかもしれないが、それはローカルビジネスでもある。成功するためには世界中の都市でドライヴァーネットワークをつくる必要があり、同じ都市は2つとないのだ。

例えば、ラゴスではUberの乗り手は現金払いである。コロンビアでは、もしあなたが酒に酔っていれば乗り手が自転車に乗ってやって来て、家まであなたのクルマを運転してくれる。

アミンと彼のチームは、それぞれの市場特有の色、パターンそしてイメージをつくろうと決めた。そしてそれは、Uberの従業員たちに自分の町のためにメッセージをつくることにおいてより大きな自治権を与えた。

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1/4インドのムードボード。ILLUSTRATION COURTESY OF UBER

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2/4中国。ILLUSTRATION COURTESY OF UBER

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3/4アイルランド。ILLUSTRATION COURTESY OF UBER

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4/4メキシコ。ILLUSTRATION COURTESY OF UBER

デザイナーたちは、それぞれの都市、地域、国用のコラージュをつくり、建築物、織物、ファッション、芸術などを象徴したイメージをひとつに合わせた。それから彼らは、ヴィデオ会議を通じて各ローカルのオフィスにいる“アタオゥディのような人々”に会い、ボードに修正を加えるのを助けてもらった。

「わたしたちは、ドライヴァーパートナーや友人、叔母などあらゆる人にそれを見せて、ナイジェリアの象徴を説明するとしたら何になるかを聞いて回りました」と、アタオゥディは言う。彼らは伝統的ナイジェリアの繊維の明るい色を選び、サンフランシスコのチームが選んだ紺色と赤と黄色に賛成し、彼らの仕事にインスピレーションを与えてくれる画像をもってきてくれた。

その結果、それぞれの都市に特有の色のセットが出来上がった。アタオゥディは、各国のオフィスがそれらを「わたしたちがつくりたいと考えているものをつくるために」使ってくれるだろう、と言う。Uberの新しいデザインは65カ国それぞれに、独自の色とパターンパレットを、またグローバル用のものも5つ提供する予定だ。

11月までに、チームはアイコン用の最終デザインを手にしていた。そのヴィジュアルは、自分たちでつくったコンセプトとぴったり合っていて、それに対してカラニックは、最上級の満足を示すジェスチャー(目を細めて口に指をやる動作)をした。しかし彼らは最後の最後になってそのアイデアを捨てなければならなかった。そのアイコンは、インドステイト銀行のアプリのアイコンとそっくりだったのだ。デザインチームは戦争部屋に戻った。

それから1カ月以内に、彼らは“ほんとうに最終の”デザインを手にしていた。カラニックがそれで完了なのかを問うたところ、チームはそれが簡素すぎてユーザーがより大きなUberブランドと結び付けられないかもしれないと心配になった。彼らは数週間ほど、そのアイデアについて考えてみることにした。

新しいアイコンのコンセプトを思いついたデザイナー、ブライアント・ジョウ。

自分が何者かを知れば、デザインが見えてくる

11月半ば、チームの全員がもう一度戦争部屋に戻り、明確な目的をもって色々な考えを出した。その週の終わりまでに、彼らはそのアイコン案を残すのか、あるいはもっとよい、新たなコンセプトに乗り換えるか決めることになっていた。

誰かがインド料理を注文し、その匂いは彼らがホワイトボードにアイデアを書いている間も漂い、夜まで残った。ブライアント・ジョウという名の若いデザイナーが、5つの箱を描き、それぞれの周りに幾何学模様をつけた。なかなかよかった。

「わたしたちは、たった1つのアプリでUberを象徴出来ると思い込んでいました」と27歳のジョウは言う。「でもUberはもう変わったのです。わたしたちはもう、ただアプリだけでは表せるビジネスではなかったのです」

ジョウは家に帰り、スケッチをはじめた。2日目に彼はそれをグループの所へもって行き、彼らは筆を置いた。それこそが、彼らが描こうとしていたものだった。

デザインはUberのビット、ハイテク感、それぞれ違う製品を表すさまざまな形、そしてローカル市場ごとに変えられるパターンや色をひとつに組み込んでいた。

ジョウはカラニックにそのアイデアをプレゼンし、彼はそれを気に入った。クリスマスまでにはチームは乗り手とパートナーのアイコンをほぼ完成させた。

1月初旬にカラニックがインドを旅行している間、彼はアミンと電話をし、アプリの細かい処理の最終段階について話した。「もし48時間以内にわたしから何も連絡がなければ」と彼はアミンに言ったのを覚えている。「それで大丈夫だってことだ」。アミンは24時間、時計と彼のメールの受信箱をかわるがわる見て、それから本当に本当に本当に最終のデザインを1月19日に確定した。

わたしは先週、アップル社がUberの新しいアプリをAppストアに承認したのと同じ日に、カラニックに会った。

もうあと戻りは出来ない。カラニックがUberのブランドの成長をどう支えられるかを考え始めてから2年半、その新しいアプリの準備が完了した。彼とアミンとほか6名は、2時間以上かけてデザイナーたちが手がけたデザインの変遷をわたしに示し、その時々に「自分たちは結局誰なのか?」という問いに取り組んだのだと教えてくれた。

それはカラニックが、自分自身のために答えようとしている疑問だ。「温かさや色。そういったものは──」と、彼は新しいブランドにうなずきながら言う。「自分が何者であるかがわかり始めたときに、思い浮かぶものなんだよ」

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