「テニスのグローバル化」

 それは、ここ何年にもわたって叫ばれている、ある種のキャッチコピーのようなものだ――。

 かつてテニスは、"発祥の地"を自負するフランスや、アメリカなど経済大国の競技であった。その事実はトップ選手たちの国籍にダイレクトに反映され、たとえば20世紀最後の年である2000年の2月21日付けランキングでは、女子上位10人のうち4人がフランス勢。次いで、アメリカが3人を占めている。この傾向は上位20位まで広げても大差はなく、最多はアメリカの6選手で、5名のフランス人選手がこれに続いた。

 そのような世紀末から、16年後......。テニス界の景色は様変わりし、2月22日時点の女子トップ10に、フランス人の名前はなし。アメリカ人も1位のセリーナ・ウィリアムズのみであり、すでに引退したフラビア・ペンネッタ(9位/イタリア)を除けば、トップ10全員が異なる国という"国際化の時代"を迎えている。

 この視野をトップ20まで広げると、もっとも多くの選手を輩出するのは、3選手を擁するチェコ。他にはポーランドやベラルーシ、セルビアにウクライナといった、16年前には馴染みのなかった国名が並ぶ。かつて栄華を誇ったフランス人は、トップ20にも不在。ちなみにアメリカ人は2選手だが、これはセリーナとビーナスのウィリアムズ姉妹。彼女たちは16年前にもトップ10にいたのだから、つまりはアメリカもこの16年間、トップ10に定着できる選手を輩出できていないことになる。

 グローバル化に伴って――と見るべきだろうか、最近の女子テニス界でもうひとつ表面化している動きが、「女王不在の混沌状態」だ。セリーナの支配力は変わらず絶大ではあるが、不動の女王も34歳。昨年の全米オープンと今年の全豪オープンでは優勝を逃し、ケガや体調不良による大会欠場も目立っている。

 そのセリーナを昨年の全米オープンで破ったのが、32歳のロベルタ・ビンチ(イタリア)であり、最終的に同大会を制したのが、当時33歳のペンネッタ。さらに今年の全豪オープンでは、28歳のアンジェリック・ケルバー(ドイツ)がグランドスラム初優勝を遂げている。ベテランや苦労人たちが突如として大躍進するのも、昨今の女子テニス界のトレンドだ。

 世界に広がるこの潮流は、間違いなく日本の女子テニス界にも及んでいる。日本人最高位の土居美咲(54位)と2位の日比野菜緒(59位)は、いずれも昨年末にランキング100位前後ながら、サプライズ的なツアー初優勝を果たした選手。そして同時にふたりとも、エリート街道からやや外れた道を辿ってきた選手でもある。

 1991年4月生まれの土居は、19歳時に全日本選手権を制して国内の頂点に立つと、その翌年にはウインブルドンで3回戦に進出。若くして頭角を現したが、実はジュニア時代から日本の最前線を走ってきたわけではない。同期に「天才少女」と呼ばれた奈良くるみ(82位)や、世界ジュニアランク6位に達した井上雅(285位)がいたこともあり、小・中学生時は「日本一」と無縁。他にも1991年生まれには、世界ジュニア最高ランク11位の山外涼月(やまそと・あき/773位)ら、有望選手が多くいた。

 人口5万人ほどの千葉県山武郡大網白里町(現在:大網白里市)で生まれ育った土居は、「田舎育ちで周囲にすごい子がいたわけでもなく、子どものころはプロなんて考えていなかった」と少女時代を振り返る。後にダブルスを組む奈良のことも、「雲の上の存在。プロを目指しているすごい人」と仰ぎ見ていたほどだった。

 土居より3歳年少の日比野もまた、土居と同様に、常に3〜4番手に留まっていた選手である。同期に名を連ねるのは、2011年・全豪オープンジュニアのダブルスで準優勝した穂積絵莉(215位)と加藤未唯(171位)や、翌年の同大会でシングルス・ベスト8入りした尾崎里紗(133位)だ。

 そのライバルたちがナショナル強化選手に選ばれるかたわらで、日比野は「ナショナル選手とそれ以外は、同じ遠征に行っても、きっちり間に線を引かれている」と感じていた。独自の伝手(つて)を頼ってオーストラリアにテニス留学するも、プロか進学かで迷う。テニスの道を即決できなかった背景には、「同期と比べれば、私は2軍だ......」という、"逃げ"に似た想いもあったようだ。

 だが、母親の「そんなふうに思うなら、一度日本に帰ってきて、彼女たちと勝負したらいいじゃない」の言葉に背を押され、帰国してプロに転向。その後も、尾崎や穂積らの後塵を拝し、悶々とした時期を過ごしたが、昨年4月にふたたび母親から「この1年で成長がないなら、やめなさい!」と活(かつ)を入れられた。その母のゲキに背筋がピンと伸びただろうか、他者のアドバイスを素直に聞き入れ、「最後まで試合を捨てないこと」を心がけてコートに立ち、海外遠征で経験と自信を重ねながら、彼女は昨年、一気に飛躍の時を迎えた。

 混沌の女子テニス界の現状は、土居や日比野たちの目にも、「ブレイクの好機」として映っている。先の全豪オープンで、ケルバーをマッチポイントまで追い詰めた土居は、「確実に言えるのは、全豪優勝者に勝ちかけた事実があること。誰が相手でも、今は『ぜんぜん勝てるよね』と思えるところまで来ている」と、特に意気込むふうでもなく、サラリと言った。

 日比野もまた、「誰にでもチャンスはあるんだな......というのは、ヒシヒシと感じている」と、穏やかな口調で語る。それは、トップ選手のみが参戦できるツアーに身を置いているからこそ、肌身で感じ取ることができる空気感だ。

 順風満帆な道を歩んできたわけでは、決してない。微かな劣等感と、芯の通った反骨精神をバネにし、今の地位まで這いあがってきた彼女たちだからこそ、その言葉は強く響く――。

内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki