「落語がちゃんと生き残る道を作ってやりてえんだよ」(有楽亭助六)
「落語は、生き残るだろう」(同菊比古)


別々の道を歩む


助六と菊比古、それぞれの落語観が浮き彫りにされた先週の「昭和元禄落語心中」だった。高度成長期に入り、人々の生活が豊かになると共に娯楽も多様化した。その中で落語は時代遅れになってしまうのではないかと焦り、新世代に向けて生まれ変わるべきではないかと考える助六に対し菊比古は、それでは落語が落語ではなくなってしまう、と懸念を示す。
実はこのやりとり、雲田はるこの原作『昭和元禄落語心中』第3巻にはない、オリジナルの会話だ。しかしこのやりとりは、第3部「助六再び編」の伏線にもなっているのである。

師匠・七代目有楽亭八雲にハマり、旅にも連れて行ってもらうほどに可愛がられる菊比古と、楽屋での評判が悪く、昇進にも反対する声が絶えないらしい助六。しかし周囲の声をよそに2人はついにそれぞれの落語観を確立し、別々の道を歩むに至る。

そして菊比古とみよ吉の関係にも決定的な出来事が起きる。師匠・八雲から菊比古は、きちんとした家の娘さんを嫁に貰うため、みよ吉を遠ざけるように命じられてしまうのだ。まだ二ツ目の菊比古は、その言葉に逆らえない。

というわけで第8話は、2つの別離が描かれる重要な回となった。事態は風雲急を告げる。これからが見ものだ。

昭和の噺家の結婚観とは?


アニメを見ながら、みよ吉への仕打ちに憤慨したファンも多いだろうと思われる。
では昭和の大看板と呼ばれた落語家たちは、良家のお嬢さんと結婚するのがならわしだったのかというと、別にそんなことはないのである。たとえば五代目柳家小さん(先代。故人)の生代子夫人は高円寺で芸人の溜まり場のようなバーをやっていた。前座名・栗之助時代からそこに出入りしていた小さんは、初め生代子夫人から芸人として贔屓にしてもらっているような間柄だったという。
昨年亡くなった橘家圓蔵(八代目)は最初月の家圓鏡の名前で売れたが、夫人の名前を出すのが好評を博し(同じように「ヨシ子さん」で売れた兄弟子・林家三平のアドバイスだった)して「うちの節子が」がキャッチフレーズになった。その節子夫人は、圓蔵の大師匠、つまり七代目林家圓蔵の師匠である八代目桂文楽宅の、住み込みのお手伝いさんだったのである。前座名・竹蔵時代の圓蔵は、師匠の命により文楽宅にやはり内弟子として入っていた。若い2人が同じ3畳の女中部屋に寝泊りしていれば、割りなき仲になるのも当然だ。

──そのときの節子の言い草がふるってます。
「タケさん、一緒になるのはよしましょう。こういうことをしたからって、あたしと一緒になっては駄目よ。タケさんはえらくなって、あたしみたいな女じゃなくて、もっと立派なおヨメさんをもらうのよ」(中略)
この言葉をきいたとたんに、バーンときましたね。よおし、俺はどうしてもこの女を女房にしてやるぞ──。(月の家圓鏡『圓鏡のセツ子と共に』文化放送出版部)

というわけでファンのみなさまご安心を。落語家と恋愛をしたからといって、生木を割かれるようなむごい仕打ちを受けるわけではなく、きちんとゴールインできるのです。

しかし落語家の夫婦生活は


ただし無事に結ばれたからといっても芸人の家のことである。昭和の時代には落語家が新婚旅行なんてもっての他と言われたぐらいだし、そもそも結婚式を挙げない例も多かった。先の橘家圓蔵は師匠(七代目)宅で無事に祝言は挙げられたものの、その後すぐに営業に行く羽目になった。それがなんと明治記念館での披露宴の司会で、花嫁を待たせておいて他人の式で駄洒落を言ってご機嫌を取り結ぶことになったのである。

──新婚といえば、あたしたちだってそこに坐って着飾ってニコニコしている二人とおんなじ新婚なんだ。それに何というちがい──こん時ばかりは流石にほろっとしましたね。(前同)

そうかと思えば、新婚早々、新妻を放り出して芸人の付き合いに出かけてしまった例もある。故・五代目古今亭志ん生だ。

──そうして新婚生活が始まったわけですが、初日っからお父さん(志ん生)がお母さん(りん夫人)に言うわけですよ。
「おーい、モートル行ってくっから」
「チョーマイ行くから、金頼むよ」
モートルは博打、チョーマイは遊廓へ行くっていう符丁(噺家の陰語)なんですね。でも、お母さんは素人だからわからない。落語の勉強会かなんかだと思って、黙ってお金を渡して「がんばってね」とか言いながら送り出してたんですって」(『おしまいの噺』美濃部美津子。アスペクト文庫)※美濃部氏は志ん生の長女。

これは極端な例だが、昭和の落語家の恋愛観・結婚観が一般人のそれとはずれていたのは事実のようである。みよ吉が無事恋を成就させたとしても、幸せを掴むのは大変そうだ。さて、どうなるのか。

今回の噺


今回の噺は、八雲との親子会で菊比古が掛ける「紺屋高尾」と、中盤で助六が演じる「夏泥」、そして菊比古が稽古をする「船徳」の三席だ。このうち原作に出てくるのは「夏泥」だけである。

「紺屋高尾」は前回も触れたので省略する。「夏泥」は、やたらと貧乏で家財道具など何一つない男の家に入ってしまった泥棒の噺で、立場が逆転して家の主に金をたかられる展開になってしまうのが可笑しい。灯りもつけずに家の中でふんどし一丁でいる男と泥棒のやりとりというコント風の噺なので、何の予備知識なく聴いても楽しい一席だ。柳家小三治が演じる泥棒が可愛らしくていいのだが、広瀬和生『なぜ「小三治」の落語は面白いのか?』によればソフト化されていない由で残念。若手真打の春風亭一之輔が自由闊達に演じたものがCD化されている。原型通りではない、という点のみご留意いただければこれがお薦めか。

「船徳」は四万六千日(しまんろくせんにち)という、その日に参詣すれば大変な御利益があるという吉日に船に乗った客が、新米の船頭に当たってご難に遭うという噺。その船頭は勘当された若旦那だったのだが、実はこの噺の原型は「お初徳兵衛浮名桟橋」という人情噺である。勘当された若旦那・徳兵衛が芸者のお初を船で送るうちに恋仲になるが、彼女に横恋慕する油屋九兵衛のために心中に追い込まれるという内容で、それを明治の落語家・三代目三遊亭圓遊(ステテコの圓遊)が現在の形に作り変えた。
名演とされるのは八代目桂文楽のそれで「四万六千日、お暑い盛りでございます」という台詞は、おそらく落語ファンなら誰もが真似できるほどに知れ渡っている。人気のある噺だけに多くの落語家の創意が加わっており、たとえば途中で出てくる「竹屋のおじさん」のくだりは、柳家三好(故人)という人のオリジナルだという。

さて、今晩放送される第9回では菊比古と助六の真打披露が行われるはずだ。栄えある場で2人がどんな噺を選ぶのか。どうぞお楽しみに。
(杉江松恋)