コントロールフリークは「終わらなさ」を愛する:冨田ラボが語る「打ち込み」という技術【RBMA WORKSHOP SESSIONレポート】

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演奏家である冨田ラボはなぜ「打ち込み」を愛するのか? Flyings Lotusを輩出した音楽の学校・RBMAを、東京で体験できるワークショップが行われた。テクノロジーと制作の関係が語られた講義を『WIRED』編集部がレポート。

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毎年、世界各国の都市で開催される「レッドブル・ミュージック・アカデミー」(RBMA)。2014年に東京で行われた際には渋谷駅がジャックされ話題をさらった。国内外から招聘された有名アーティストのライヴに足を運んだ記憶がある人も少なくないだろう。

だがRBMAは、音楽を志す若きアーティストたちにとって、ただの音楽イヴェントではない。その神髄は、国籍を問わずに世界から音楽家が集まる15年もの歴史を持った、アカデミーの名に恥じない「教育機関」だ(Flying Lotus, Dorian Conceptを輩出した音楽学校といえば、その偉大さが伝わるだろう)。

今年の開催地はモントリオールに決定(応募の締切は2016年3月7日。詳細はこちらで確認できる)。それを受けて、2月13、14日に東京で参加希望者に対するワークショップが実施され、若き音楽家たちが集まった。

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飲料メーカーが開催しアーティストを輩出する「音楽の学校」では、どんな学びが生まれているのか? 日本から「RED BULL MUSIC ACADEMY」に参加した11名にアンケートを敢行。1998年のベルリンから2015年のパリまで16回の軌跡を追う。特集の詳しい内容はこちら。

2日目のワークショップとなった2月14日、午前のレクチャーに登場したのは冨田ラボ。誰もが知る名曲を数々プロデュースし、2000年以降のJPOPの基盤をつくりあげてきた音楽家だ。キリンジのプロデュースを嚆矢とする彼の仕事は、「邦楽」というジャンルの枠を越え、誰をも感動させる音楽を生み出し続けてきた。また冨田は、ドラムでは「打ち込み」を用いるものの、他の楽器は自ら演奏するプレイヤーでもある(管弦楽器については自ら楽譜を書き、スタジオミュージシャンに演奏を依頼することが多いという)。

影響を受けた楽曲や自らが手がけた楽曲を会場に流す冨田ラボ。時おり聞き入るような表情を見せていた。

そんな彼のレクチャーは、次の一言からはじまった。

1982年に発売された名盤『ナイトフライ』ではドラムはプログラミング、いわゆる「打ち込み」の部分が多くて、いまの音のつくり方と重なるところが多い(編註:『ナイトフライ』はドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーによるバンド、スティーリー・ダンのフェイゲン初のソロアルバム)。

演奏、エンジニアリング、音づくりまでをこなし、いまでも最先端を走り続ける冨田が挙げた、30年以上前の音楽制作と現在の共通点「打ち込み」。しかし、そのまま「打ち込み」について多くを語らないまま、詳細は去年発売された冨田による初の書籍『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』に譲るとして、冨田の話は彼の音楽的バックグラウンドに続いた。

母親が音楽の教師であった冨田は、物心ついたときからクラシックが流れる環境に育ち、ピアノ教室にも通っていた。ただ、冨田自身はクラシックもピアノも「つまらなく」て、「好きではなかった」という。

一方で、少年冨田が愛したのは映画音楽だった。クラシックを嫌いだという冨田に、母親はさまざまな音楽を聴かせた。そのなかで冨田が特に愛したのが、ゴードン・ダグラスが監督した映画『ハーロー』のためにニール・ヘフティがつくった「The Right One」という曲だった。

ニール・ヘフティはトランペット奏者でもあり、フランク・シナトラとの競演を多く残している。

会場にこの曲を流してから冨田は、当時なぜこの曲が好きだったのかをこう語った。曰く、当時耳にした多くのクラシック音楽ではキーが1つに統一されハーモニーをまたがないのに対して、ジャズの影響を受けた映画音楽では複数のハーモニーが内包されている。つまり、複数のハーモニーを行き来する映画音楽が「終わらない」ような感覚を与えてくれたのに対して、クラシックは1つのハーモニーを無駄に引き伸ばしているだけように聞こえたのだと。また、冨田によると、この「終わらない」喜びという感覚は冨田の手がける音楽に一貫しているものだという。

例えば、冨田が生み出したヒットの1つ、MISIAの「Everything」を聴くと、聴き手に専門的な知識がなくとも冒頭から映画音楽からの影響が伝わってくる。その度重なる変調は、どこが終わりなのかを予測させてくれず、われわれは再生時間以上の喜びを味わうことができる。

このヒット曲の生演奏にしか聞こえないドラムは、冨田による打ち込みで演奏されている。

映画音楽との根源的な出会い、そして少年のころのビートルズへの偏愛も語ったあと、冨田は80年代に音楽の仕事をはじめたときのことを振り返った。当初、ギターをプロとしてキャリアをスタートした冨田は、徐々にミックスやマスタリングの仕事にも取り組みはじめる。そんななかで冨田は、冒頭の『ナイトフライ』への言及で語られたのと同じ「打ち込み」を活用していた。

「打ち込み」とは、すでに録音された音や音源をコンピューターにより演奏、成立させる技法である。冨田は、当時の技術ではあまりよい音質は期待できなかったものの、それを活用することが多かったという。

なぜ「打ち込み」を冨田が使ったのか、講義では多くは語られなかったが、先述の『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』内の「なぜ音楽家はテクノロジーにまい進したのか?」というコラムでは、「コントロールフリーク」的な傾向をもつ完璧を指向する音楽家が、80年代いかに「打ち込み」や「サンプリング」を歓迎したのかが語られている。

低音質というネガティヴ面が気にならないほど、彼らはこの技術に興奮した(当時ヒップホップの興隆とともに、ローファイといわれるチープな音の質感が注目されていたことも背景にある)。スタジオミュージシャンに演奏をしてもらうのではなく、何度でも自分でやり直して演奏を吟味できるシステムは、すべてを思い通りにしたい音楽家にとって「夢のようなシステム」だったのだ。

日曜日の朝から熱心に講義を聴く参加者。冨田の言葉にうなずいている姿も多く見えた。

レクチャーで自らのことを「コントロールフリーク気味」と語っていた冨田にとっても、当然のことながら音楽にプログラミングを活用することは福音だったのだろう。冨田はレコーディングで完成度を上げるアプローチについて、こう語っていた。一般的にスタジオミュージシャンは2時間限定で契約されることが多く、スコアの難易度とミュージシャンの手腕により最終的な精度は決定する。一方で、自宅における「打ち込み」の作業は満足いくまで、誰にも迷惑をかけずに心置きなくできる、と。

さらに前掲のコラムでは、『ナイトフライ』をつくりあげたフェイゲンやベッカーが「スタジオミュージシャンとのコミュニケイションが苦手だった」(P.211)という事実が記されている。レクチャーのなかで冨田は自宅のスタジオをつくった理由を「僕も若い頃はコミュニケーションに難があったから」と冗談めかして説明していた。『ナイトフライ』をつくった80年代アメリカの音楽家と、90年代はじめに打ち込みを多用してきた冨田のスタンスが明確に重なる。

以上のように、80年代のアメリカの名盤と、それに影響を受けて日本のポップスをつくりつづけている冨田の音楽制作において、「打ち込み」という当時の先端テクノロジーが果たした役割は大きかった。音楽の完成度を上げるため、「終わらない」作業に取り組む音楽家によって「打ち込み」は活用されたのだ。

レクチャーの終盤で冨田は、ジャズピアニスト、ロバート・グラスパーの楽曲で、まるで「打ち込み」のように正確に生身の人間によって演奏されることの面白さを語っていた。近年、想像もしなかったような新しいものが出てきて、どんどん楽しくなっているという。

ロバート・グラスパーはヒップホップに色濃く影響を受け、ライヴでは「サンプリング」や「打ち込み」が忠実に生で再現される。

新しいものを貪欲に取り込み自らの音楽にも活用する冨田の姿勢は、最先端を走り続ける音楽家にとって不可欠なものだろう。RBMAの参加者は、冨田が楽しそうに話すたびに、そんな本質的な教えを受け取っていたに違いない。

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