現在、大学生の2人に1人が何らかの奨学金制度を利用していると言われている。しかし高い学費や就職率の悪化などを背景に、その返済に困難を抱える人は増加の一途をたどり、日本学生支援機構の2011年度末の延滞額は876億円、延滞者数は33万人にも上る。

その問題の原因はどこにあるのか。奨学金問題対策全国会議事務局長の岩重佳治弁護士に伺った。

背景にあるのは、学費アップ&就職状況の悪化

――奨学金の返済に困難を抱える人が増えています。その背景にはどのような理由があるのでしょうか。

岩重佳治弁護士(以下、岩重):大きな2つの変化が関係していると考えています。まずひとつめは、学費が非常に高くなってしまっているということ。1970年代の初年度入学金や授業料は、国立で1万6000円、私立では17万5000円程度でした。しかしこれが2010年には国立で約82万円、私立で約130万円となっており、物価の上昇を考慮しても非常に高くなってきていることが分かると思います。

こうした学費の値上がりには、教育費は社会全体で負担するものではなく本人が支払うべきであるという「受益者負担」の考え方が強く表れています。また当時は、国立と私立の学費の格差が問題となっており、これを是正するために、私立の学費を下げるのではなく、国立の授業料を引き上げたことも学費上昇の原因のひとつになりました。

そして、ふたつめの大きな変化が雇用状況の悪化です。昔は就職状況もよかったですし、会社に勤めれば年がたつにつれて給与があがっていきました。でも今は非正規労働などの不安定・低賃金労働も増えていますし、雇用状況が非常に不安定になっています。

この2つの変化の結果何が起こったかというと、高い学費を個人が払う必要が生じ、それを負担するために、奨学金を借りる人が増えました。つまり卒業するときには数百万円の借金を背負っている人たちがたくさん生まれたわけです。しかし、同時に雇用状況の悪化によって生活が苦しい人が増え、その借金を返すことができない人も増えてきた。これが奨学金問題と呼ばれ、表面化してきたというわけです。

奨学金という名の金融事業の開始

――上記の社会変化に加えて、奨学金の制度自体も大きく変化したといわれていますよね。

岩重:はい。以前は日本育英会というところが奨学金事業を行っていましたが、2004年から日本学生支援機構というところが運営母体となりました。日本学生支援機構では奨学金制度を「金融事業」と位置づけ、民間資金を次々に導入していきました。

簡単に言えば、奨学金という名前のついた学生ローン、つまり「金貸し」によってビジネスを行う仕組みを整え始めたということです。これに伴い無利子ではなく、有利子でお金を貸し出す奨学金が一般化していきました。

無利子の第一種奨学金と、有利子の第二種奨学金は、その財源が違うんですね。第一種のほうは国の貸付金や学生さんからの返還金を財源にしていますが、有利子のほうは民間からの借入金や債権をもとに運用をしています。

有利子枠のように外部資金で奨学金を運用するということになると、お金を集めてくるために「良い債権」にしなくてはいけなくなります。つまり貸したお金の回収率が高く、金融商品として安全だということをアピールしていく必要がでてくるんですね。その結果、回収の強化が行われるようになっていきました。

まず始めたのが延滞した場合の罰則金、つまり延滞金の回収強化という仕組みです。返済期日までに返還しなければ、貸付金の10%の割合で(平成26年以降は5%)延滞金が発生します。また延滞が3か月に達すると個人信用情報機関に登録され、ローンやキャッシング、クレジットカードなどの審査に通りにくくなり、4か月を超えると債券回収専門会社(サービサー)からの取り立てが始まります。

さらに、回収したお金は元本ではなく、まずは延滞金や利息の返還に充てられていきます。その結果借金の元本が減ることなく、延滞金や利息の返済を続けている人がいるという状況が生まれています。

形だけの救済制度に苦しめられる人たち

――奨学金と他の借金、ローンはどう違うのでしょうか?

岩重:決定的に違うのは、借りるときには将来の仕事や収入が分からず、返せるかどうかが分からないという点です。よって、返せなくなる可能性というのは誰にでも生まれうるわけです。こうしたことを考えると、返せなくなった際の救済制度を整備することが非常に重要になってくるはずです。しかし、現状として救済制度は不十分だといわざるをえません。

例えば、救済制度のひとつに、返せなくなった人が返還を先延ばしにすることができる猶予という制度があります。しかし、この猶予制度には様々な制約があります。

まず、借金返済の延滞が生じてしまっている人はこの猶予制度の利用が制限されるという点です。つまり生活状況が苦しくなり、借金を返せなくなった結果延滞をしてしまったとします。そこで猶予を申請しようとしても、一部の例外を除いては、延滞している元金と延滞金をすべて支払うまでは猶予制度を適用することができないということです。

また、猶予は10年間にわたって認められるため、過去に延滞が発生していた場合でも当時の収入が少なかったことを証明できれば延滞金を支払わなくてもいいはずなんですね。しかし猶予の申請のために必要な所得証明書などは、一般的に役所では5年分しか取得できません。ですから、必要な書類が手に入らず猶予制度の申請ができないという人が生まれてしまうわけです。

さらに、10年の猶予期間を過ぎればたとえ収入がなくても返済を開始しなくてはなりません。このように猶予という制度は、生活が苦しくて返済が困難な人にとってかなり使いづらい制度になっているといえます。

最近では、生活が苦しい人が返済に苦しまなくていいよう、所得に応じて返還する金額を決める「所得連動型返還制度」という制度も検討されていますが、これも現在の素案には疑問を抱く点が多々あります。

まず、収入が0円、つまり全く収入が無い人にも返済を要求するという設計になっているという点です。いくら収入が少なくても2000円〜3000円程度だったら支払えるはずだという考えがあるようですが、特別な資産がない限り返済をすることは不可能でしょう。また、1週間の食費を2000円程度でまかなっているような家庭の現状を考えれば、2000円〜3000円という金額がどれだけの負担になるかということは想像に難くありません。

せっかく新しい制度を作っても、このように不十分な点が多い。ですから、実際に奨学金を借りている人の実情を踏まえた議論を行うことの重要性をとても感じています。

給付型奨学金の整備だけでなく、制度の改善も視野に

岩重:日本では一種、二種ともに貸与の形がとられていますが、諸外国では給付型の奨学金が一般的なんですね。ですから、奨学金というのは給付というのが本来の形なのだと訴えていく必要があります。また学費がこれだけ高騰していることを考えれば、学費の引き下げといった改革も必須であるといえるでしょう。

こうした大きな制度改革と同時に、現在の奨学金制度のおかしな点を直していくということも重要です。例えば、猶予制度を申請しやすくしたり、延滞金を柔軟に減免したりとできることは沢山あるはずなんですね。そもそも延滞金というのは金融事業の儲けの部分なので、本来はいらないもの。ですから延滞金というのは予算がなくてもなくすことができるはずです。こういった今からできることを訴えていく必要もあると考えています。

【後編はこちら】奨学金返済のために風俗で働く女性も…問題解決のために知っておきたいこと

(岡本実希)