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今回のテーマは「ゆとり」「さとり」などの「最近の若者は…」的言説についてである。

こう見えて私は、『「これだから最近の若い者は」と言うと「それって、古代エジプト時代から言われてたんだよ?」とドヤ顔で言い返してくる奴の顔をパピルスでぶん殴る会』会長である。

そんなことは関係ねえ。こちとら目の前の若者(特に女)の肌のハリ、そいつらが持っている未来、可能性がムカついてしゃあねえから、いちゃもんをつけているだけだ。

○「なってない奴」の年齢別分布

「最近の若者は…」と中年以上がこぼす時の状況は二種類ある。マジでなっていない若者に遭遇した時か、そいつの若さが憎いから必要以上に粗を探して、そう言っているかであり、私の場合は2兆%後者である。

それに、マジでなっていない奴というのは、往々にして年齢は関係ない。いい歳して、自らはイクメンを謳いつつ、嫁の出産に乗じて不倫する奴もいたりするし、逆にこれだけのことをやってのけるティーンエイジャーはそういないだろう。下手に経済力や権力を持っていたりするせいで、なってない具合が若者のそれを遥かに凌駕してしまっているのだ。

三十、四十はまだ若い。それを越えればもっと人間的に成熟、達観するかと言えば大間違いだ。私は毎日通勤のために車を運転するが、横断歩道のない道路を平気で横断してくる奴は大体老人だ。「六十にして耳順う」どころか、山道の狸や鹿と同レベルである。

警察庁の調べによると、年齢が上になるにつれ「自分は事故に遭わない」と思っている率が上がるようだ。私の目の前に出没する老人たちも、おそらく「車のほうがワシに合わせて止まる」とか、頭だけでなく、足の方も鹿並なので余裕で渡れると思っているのだろう、しかし車を運転する立場からすると、横断歩道じゃないところで人が出てくると2回に1回ぐらいは「もういいか、ひいても」と思うものなので、「横断歩道じゃないところを渡ると、割とひかれる」と思った方がいい。

このように、なってない奴はいくつになってもなってない。なってない奴がたまたま若かった場合、「なってないのは若いからだ」とされてしまうだけだ。

実を言うと私自身、若者と接していて「これだから若い者」はと思ったことはない。部屋から出ないので若者と接する機会がほぼないせいもあるが、自分が人として成熟してなさすぎるため、逆に「若いのにしっかりしている」と思う方が断然多い。最近は4才の姪っ子に対しそう思った。

よって、どうしても「これだからゆとりは」と言いたかったら、会う若者全員に、円周率を言わせるしかない。それで「3」と答えたら「ゆとりプギャー!」と言えばよいのだが、もちろんそれは成熟した大人のやることではない。

そもそも、ゆとり教育では円周率を「3」で教えていた、というのはデマだったようだ。つまり、若者に「円周率は?」とドヤ顔で聞く奴がいたら、そいつの方が情弱の老害である。

○元気があれば、何でもできる。

しかし、人としてちゃんとしているかどうかに年齢は関係ないにしても、「若気の至り」と言う言葉があるように、若いころの方が「やらかしてしまう」率が高いことも確かだ。

いわゆる「黒歴史」というものは大体若い時に作るものだ。大器晩成型だと、三十路を過ぎて邪気眼に目覚めたり、「たまに麗緒(レオ)という名の別人格が出てくる」という設定になってしまったりすることもあるが、大体の場合、中高生の時に通過する。

そこから今度は、「男にモテようとしてファッション誌を丸パクする」ならまだ良いが、そういう女に差をつけようとして、「俺が考えた最強の個性的ファッション」に身を包み、さらに「不思議ちゃん」キャラを演出するため、自己紹介で「猟奇殺人鬼に興味あります」とドヤ顔で吹かしてみたり、極めつけに一人称が「ボク」になったりと、まあ全部自分のことなのだが、1ミリ先も見えない暗黒道に身を投じはじめるのだ。

それから、十年余り。今の私はどこにでもいる、小汚い人となった。たまに一人称が「拙僧」になったりもするが、少なくとも当時のように悪目立ちはしていないと思う。

しかし、これは年を取って落ち着いたからとか、自分を客観的に見られるようになったからではないということが30を過ぎてわかった。ただ「やらかす」元気と、自分に対する期待がなくなっただけなのだ。

現に、20代の時の「車で片道3時間かけて、そこでしか売ってないド派手なデザイナーズブランドの服を買う!ただし高くて一式は揃えられないので、しまむらで買ったデニムとあわせるという上級ハズしテクを使う!ボクのセンスならヤレる!」みたいな元気、行動力、自信がもうないのである。

そんなことをするより自宅から五分で行けるユニクロに行くし、それすら行くのが面倒なので、服を買うのは2年に1回ぐらいになっている。このように「やらかし」というのは、主にチャレンジ精神が引き起こすので、それがなくなると起こらなくなるものなのだ。

逆に言うと、10代の時の元気、ヤル気を維持することができれば、いくつになっても黒歴史を製造できるということである。

「元気があれば 何でもできる」とはまさしく至言であるが、この「何でも」の中には「妻が産休中に不倫」「左腕に黒龍を封印」なども当然含まれているのだ。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は1〜2巻まで発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年3月8日(火)掲載予定です。

(カレー沢薫)