歯科治療のX線写真は3年間、保存されている(shutterstock.com)

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 日航ジャンボ機墜落事件、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、阪神淡路大震災、東日本大震災......。

 この半世紀足らずの間に、日本人の記憶に深く刻まれて忘れられない大事故、凶悪犯罪、自然災害の爪痕が数多く残されてきた。このような不測の大事件や大災害が発生した時、原因の究明や犯人の逮捕とともに、まず急がれるのが被害者の身元確認だろう。

 遺体の身元確認の最も有力な決め手になるのは歯型だ。それはなぜか?

歯型は、被害者の人種、年齢、性別、血液型、経済状態を物語る

 歯の構造を見よう。歯は、エナメル質、象牙質、セメント質、歯髄などで構成されている。外側の白いエナメル質は、人体で最も硬く(モース硬度6〜7、水晶と同程度の硬さ)、厚みは約2〜3mm。外部刺激から歯の神経が通う歯髄を守っている。

 主成分は、ヒドロキシアパタイト(水酸化リン酸カルシウム)という無機質が約96%、残りの4%が水と有機物だ。

 エナメル質の下にある象牙質は歯の主成分。エナメル質を支え、歯髄を保護している。歯髄は、痛みを感じる、象牙質を形成する、栄養を供給する、炎症などの刺激を防御するなどの役割がある。歯の根元にあたる歯根の表面を覆っているセメント質は、歯根膜と呼ばれる結合組織を歯根につなぎとめている。

 歯は、硬度、強度がすぐれているため、死後年数が経過して骨が変質しても、原型を留めている。

 歯の治療を歯科医院や大学病院などで受けている人は少なくない。歯に関する情報は、歯科医院や大学病院が保存している歯の治療履歴、歯のカルテ、X線写真に残る。つまり、歯型には、歯科治療の痕跡が明瞭に残され、治療履歴を調べれば、個人の特定につながる。

 歯型を調べると何が分かるのか? たとえば、遺体の歯並びが良ければ、歯科矯正治療を行なっていることや、義歯のグレードから経済状態が分かる。とくに臼歯は加齢によって摩耗・破折するため、およその年齢を推定できる。象牙質・歯髄の細胞や歯石に残存した唾液から血液型や性別が判明する。上顎の第2切歯(中切り歯)などから顔貌が推測できる。歯槽骨をX線撮影すると特有の紋様が写る。

 つまり、歯や顎の大きさ・構造・損傷度などはすべて異なるので、個人を特定できるのだ。
歯科医院はカルテを5年間、X線写真を3年間保存

 このように、歯型、顎、頭蓋骨などがもつ様々な個人情報を科学的に解明し、遺体の身元確認に貢献しているのが、歯の法医学である法歯学という法科学鑑定の専門領域だ。法歯学は、凶悪犯罪、大事故、大規模災害の悲劇が起きるたびに、長足の発展を遂げてきた皮肉な歴史がある。

 たとえば、1985(昭和60)年8月12日、群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落し、乗員乗客524名のうち520名が死亡した日航ジャンボ機墜落事件だ。世界の航空事故史上最多の犠牲者を生んだ事件を契機に、警察庁と全国の歯科医院が連携する警察歯科医会が急遽、設立された。

 日航ジャンボ機墜落事件では、死者520名のうち、最終的に身元確認できたのは518人。歯科医師らの協力で歯型によって身元確認できたのは200人以上と記録されている。

 警察歯科医会の連携ネットワークは、阪神淡路大震災、東日本大震災の非常事態時にも、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件などの凶悪犯罪の捜査にも生かされ、夥しい犠牲者や被害者の身元確認に役立てられてきた。

 現在、全国の歯科医院や大学病院は、すべてのカルテを5年間、X線写真を3年間、それぞれ保存することを義務づけられ、警察庁との協力体制の緊密化が図られている。

 他殺死、事故死、災害死......。1本の歯から遺体の身元が割れる! 歯型は身元特定の決定的な手がかりになる。まさに、「歯は口ほどにモノをいう」のだ。


佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。