FIFA会長選挙が行われ、インファンティノ氏が新会長に選ばれたーーというニュースは、日本でもそれなりに大きく報じられた。ブラッター会長、プラティニ副会長以下、役員たちの汚職事件が絡んでいることも話題性を高めている原因だが、それに引き替え、1月末に行われた日本サッカー協会の会長選挙は、報道がいささか地味だった気がする。
 
 定年(70歳)のためこの3月で退任する大仁邦彌会長の後任選び。なのだけれど、日本サッカー協会の会長は代々、俗に言う密室で選ばれてきた。密室はFIFAの精神に反すると指導を受けた結果、今回のような形になった格好のよくない経緯がある。
 
 その結果、立候補したのが原博実専務理事と田嶋幸三副会長の2人。大仁会長体制の中で地位を築いてきたのは原専務理事だ。2009年協会に入り。技術委員長に抜擢された。原さんと大仁さんはその昔、三菱で監督と選手だった間柄。後に会長となる大仁副会長(当時)の後ろ盾あっての協会入りだと言われる。案の定、大仁さんが会長になると、原さんも技術委員長から専務理事に昇格。大仁さんの次の会長は原さん。そうしたムードが協会内には形成されつつあった。
 
 密室で決められていたかつてだったら、同調圧力が働き、あるいは次期会長は原さんで落ち着いていたのかも知れない。ただし原さんはいくつかの失敗を重ねていたことも事実だった。2014年ブラジルW杯、グループリーグ落ち。しかも最下位、内容もよくなかった。一言でいえば大失敗。原さんには何よりザッケローニを招聘した当事者としての責任があった。だが、責任を取るどころか、気がつけば専務理事に昇格。大きな反発を買う結果になった。
 
 次に代表監督の座に納まったアギーレも、欧州サッカー通で知られる原さんの個人的な力で迎えることができた人物だ。つまり任命責任は原さんにあった。アジアカップベスト8。だが、それ以上の難題は、アギーレに八百長の嫌疑が掛けられたことだった。「違約金は発生しなかった」と大仁会長は述べたが、その結果、代表監督の座を去ってもらうことになったアギーレに、別の名目でそれに等しいお金が渡ったことは想像に容易い。
 
 続くハリルホジッチも原さんの力で招くことができた監督だ。怪しい空気が立ちこめてきているとはいえ、結論を出すには若干早い段階にある。

 会長選挙は、このタイミングで行われ、そして田嶋さんが会長に選出された。選挙で敗れた原さんが従来通り専務理事の座に収まり続けることは、不可能だったようだ。協会を去り、空席だったJリーグ副チェアマンに就く見込みとのことだ。

 雇い主が協会から去ろうとしている現実について、ハリルホジッチは、どう思っているだろうか。原さん以上に関わっている霜田正浩技術委員長との関係にも影響が出るだろう。霜田さんを技術委員長に抜擢したのは原さんだからだ。原さんが協会を去れば、霜田さんを支える足場はぐらつく。

 原さんが協会を去るデメリットは大きい。ザッケローニ、アギーレ、ハリルホジッチ。これまで3人の代表監督を招聘した実績がある原さん。だが、場当たり的な探し方をしたわけではない。それぞれは、あるコンセプトに基づいた探し方をした結果、辿り着いた人物だ。攻撃的サッカーがそれになる。原さんが協会入りする前と後で、それこそが一番変わった点だ。

 世界的には「攻撃的サッカー」はほぼ死語だ。攻撃的サッカーではないサッカーを見つけ出すことが大変な時代にあるからだが、日本ではまだそのレベルには達していない。後ろで守ろうとする5バックのサッカーを当たり前のように見かける。攻撃的サッカーという旗を、まだ確実に掲げておく必要がある国なのだ。