近畿大学国際学部 広告

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■59億円に勝つ、収入1%の仕掛け

「人は慣れ親しんだものを“真実”だという」

かつてナチスの広告担当だったゲッペルスはこう話した。今では心理学の実験で「誰もが自分が慣れ親しんだものに好意を抱き、肯定する傾向がある」という研究結果もみられる。私たちは、耳にしたことがない企業の製品は不安を抱くこともあるものの、何度も目にするうちに自然と信頼するようになる。だからこそ、企業はこぞって宣伝広告を打ち、製品を知ってもらうばかりでなく、企業名を広めていく。

ところが、広告を打つには莫大な経費がかかってしまう。たとえば東証一部上場企業の4分の1の売上高平均は、およそ2500億円。そのうち広告宣伝費は売上高の約3.5%、つまり59億円ほどになる。化粧品会社などは売上高の10%を割くという。すべてはブランドイメージを維持するために必要な経費だ。とはいえ、たとえ大企業でもそんな経費を割けない場合があり、規模が小さくなるほどにそれは難しくなるだろう。

近畿大学広報部長の世耕石弘さんは「身の丈にあった広報活動をしなければいけないんです」と話す。近大の広告費は帰属収入の1%にも満たないため、いかに経費を使わずに広く認知してもらうかを考えるという。そんなケタ違いの費用対効果を挙げる手法を、連載の前回、前々回にわたってお伝えしてきた。

そして、近畿大学は“kinki”の英語名称に頭を抱えていたこともお伝えしている。発音が似ているkinkyが英語で「変態」を意味するために、世界各国の学会で失笑を買うことがあるからだ。

一見すると相関関係がなさそうな広告と大学名の変更。ところが、ここにまた宣伝価値を見出すのが近畿大学だ。広告展開のコンセプトは、大まじめながら一見ふざけて見える、こんなものだった。

■「変態」から「普通」で話題をさらう

近畿大学では、海外の提携大学を2年間で100校増やし、4月からスタートする国際学部では「全員が1年間の海外留学」を経験することになる。そんな諸事情から、4月から英語の名前を「kinki」(kinkyの意味は「変態」)から、「Kindai University」(近大)に変えることにした。話題づくりは、やや自虐ネタの「変態大学から普通の大学へ」だ。

「これは必殺ネタやと考えました」と世耕さんは語る。

“変態を意味するKinky”から“Kindai”に変えると言えば、テレビ番組やYahoo! などのネットニュースで取り上げられると考えたため、国際学部新設と一緒に書いてもらえるように仕掛けた。

「おかげさまでYahoo! のニューストップになり、話題は広がりました」

世耕さんたち近大広報部のメンバーは、近畿大学や関連の名称がネットでとりあげられるとアラートが鳴る設定にしている。すぐに反応してSNSで対応するためだ。話題になった瞬間にさらに拡散させることは、話題をより広範に広げる効果が高いからだという。

話題をつくり、誰かに話したくなるネタを提供すること。これがマスメディアとネットを通じて話題が広がる今の時代にハマる宣伝方式であり、数十億かけた宣伝広告にも勝るとも劣らない結果を生むのである。

そして、さらなるメディア対策も万全を期した。

メディアは常にネタを探している。何か事故や事件が起きたときには、コメントできる人物を早急に探し出さなければならない。世耕さんは近鉄広報に勤務していた時代に、夜中でも会社に戻ってマスコミ対応に追われる経験をしていた。

「記者さんの苦労をわかっていましたので、ニーズがあるやろうなと思い、冊子とウェブで『近大コメンテーターガイド』(近畿大学教員名鑑)をつくりました。胃がんはこの先生、犯罪心理なら……と、あらゆる側面から専門家が見つかります」

たとえば事故、事件、病気などあらゆる想定場面から、ジャンル、所属、教員の五十音、それからフリーキーワードで逆引きをして、大学教員の名前が調べられる。これも勘があたった。たとえば著名人が亡くなったり病気を発表した際、その病気の詳細についてテレビや新聞でコメントするなど、あらゆる場面で“近畿大学の専門家”としてコメンテーターを送り出した。

逆引き辞典には、先生方の写真も載っている。もちろんメディア対策だ。かつてケネディがテレビ映えをして、ニクソンに勝利したエピソードは有名だが、やはりキレイな女性などは好まれるという。“見栄えがいい”とはわかりやすい側面ながら、わかりやすいことは人を動かす大きな一手であることもまた事実。こうしたアピール意識は、大学案内にも表れている。

■人生最高! カワイイ子がいる風景

まるで、若者向けのストリートファッション誌風の大学案内は『東京グラフィティ』という読者参加型雑誌の編集長が手掛ける。ファッションチェック風の写真の間に、ときおり学部長が混ざっている。高校生にとっては、立場が偉いおじさんよりも、オシャレな近大生のほうがエライはず。だから、この誌面ではオシャレな学生のほうがスーツ姿の学部長よりも扱いが大きい。

誌面にはほかにもカラフルな部屋で1人暮らしを楽しむ姿、友達とカフェ風のランチを食べる学食風景、そして「近大美男子・美少女図鑑」まで登場する。「こいつかわいい!」「この男の子ヤバくない?」と仲間と見て楽しむ大学案内。高校生が大学生活に具体的な夢が持てそうだ。

「大学時代は、人生の最高の時。私の持論は“いい彼女が1人見つかったら、そいつの大学時代は楽しいはず”というものです。いくら勉強しても、彼女・彼氏が見つからないと4年間はつまらない」と世耕さん。

人を動かすために必要なのは、理屈ではなく、相手の心情にあわせることだ。難しいマグロ養殖の専門用語を並べるよりも、山の頂きからマグロが頭を突き出して「世界初」。大学案内を見て「この大学はカワイイ子が多いなぁ!」……これでいい。まずは「ここに行ったら、こんなに楽しい」とより具体的にイメージできることが、近大への興味を喚起する効果を生む。教育、研究内容に踏み込むのはその次のステップだ。

近畿大学広報部は、まじめに楽しいことを仕掛けいく。だから、誰もが人に伝えたくなって、対費用効果の高い広がりを見せる。さて、私たちの身にあてはめ、自分のターゲットにあわせて実践するなら、日本一、タブー、自虐ネタ、等身大の感情移入……どこから手をつけたらいいだろう。ネタは身近に転がっているものだ。

そして、マスメディアもSNSも常に“ネタ”を探していることを再度心にとめて、ビジネスにも生かしていきたい。

(上野陽子=文)