チェルノブイリと原発事故後の福島を撮り続けている写真家・中筋純氏が、写真集『かさぶた―福島 The Silent Views』を発刊。「写真を通じて記憶をしっかりとどめ、再びこのような惨劇を起こさないよう、メッセージを届けたい」と語った。

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東日本大震災により福島第一原発事故が発生。漏れ出した放射線によって、福島の人々と大地は深い傷を負った。5年経ったいまでも、避難指示対象者だけで約10万人がふるさとを離れたまま。広大な地域が立ち入り禁止となり、「無人の街」と化している。チェルノブイリと原発事故後の福島を撮り続けている写真家・中筋純氏が、日本記者クラブでこのほど会見し、新刊写真集『かさぶた―福島 The Silent Views』を基に、熱い思いを語った。

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中筋氏は、浪江町出身の歌人・三原由紀子さんが詠んだ短歌『二年経て浪江の街を散歩するGoogleストリートビューを駆使して』―に触発された。「ストリートビュー液晶画像に望郷を感じながら、故郷に戻ることができなくなった現実への無念の想いが込められているような気がした」と言う。

被災地を実際に歩こうと決心し、初めて訪れた浪江の街には人の気配はなく、カラスの鳴き声と、破れたトタン屋根の軋(きし)む音だけが響いていた。「時とともに町の息吹であった人々の生活感は抜けていき、まるで抜け殻が転がっているようだった」と語る。

この写真集に収められた約120枚の写真は「廃墟と化した街」の5年間を克明に切り取った記録である。一枚一枚にストーリーがあり、考えさせられる。

静まり返った小学校の教室の黒板には「三月十一日金曜日」と日付が記されたまま。スーパーの内部は「春一色」。洋服売り場では新学期セール用の女子制服を着たマネキンが静かに横たわっている。

腐敗せずに形を残して枯れた大根や、甲子園出場校の双葉高校グランドに転がっていた、ぼろぼろになって変色した硬式野球ボール…。可視化することが難しい放射能災害を時間の推移で捉えようと考え、福島に通い、許可をもらい、立ち入り禁止地域に再三入って撮りまくった。

中筋氏は「放射能は人間の営みとか土地の歴史とか人間のつながりをすべて強制終了させてしまう」とし、「事故から年月が経つと放射能とか補償とか分断され、社会全体がイメージを共有できない状況がある」と懸念する。「チェルノブイリでも同じで、放射能被災地に行くたびに、恐ろしさに圧倒される。写真を通じて記憶をしっかりとどめて、再びこのような惨劇を起こさないよう、メッセージを届けたいと思った。私にできるのは弁舌で表現するより、写真できちんと表現することだと肝に銘じている」と力を込めた。

1986年4月26日に、旧ウクライナ共和国・チェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が起き、30年が経過した今も地域は「廃墟」と化している。中筋純氏はこの「禁断の地」に早くから踏み込んで「人類史上最悪の原発災害」を撮り続け、『流転チェルノブイリ』『チェルノブイリ春』などの写真集を刊行した。

「チェルノブイリも福島も、住民はすぐに帰れると言われて車に乗せられた。それから子供たちは一度も帰っていない。8500キロの距離を隔て、25年の時間を隔て、同じように記憶を切り落としてしまった。人間がいなくなると、自らの傷を癒すかさぶたのごとく草木は大地を覆い尽くし、人間の造った構造物を飲み込み季節は流れていく」。中筋氏が写真集のタイトルに「かさぶた」と付けた所以(ゆえん)である。(八牧浩行)

◆中筋純著「かさぶた―福島 The Silent Views」(東邦出版、A4変形フルカラー160ページ、税込2000円)