そういえば、「臨床犯罪学者 火村英生の推理」の長谷川京子はいつもニヤニヤしている。カルト教団の指導者ということで「不気味さ」を醸し出す必要があるからなのだろうか。それにしてもたいしたニヤニヤぶりである
あそこまでニヤニヤしている人を見ることは日常ではあまりないので、画面に出てくるといつも口元に注目してしまうのであった。

という個人的なこだわりは措いて、と。
好評放送中の「臨床犯罪学者 火村英生の推理」は先週で第6回を迎えた。原作に初めて長篇『朱色の研究』が使われたのは折り返し点を意識したものか。本日放送される第7回とで前後編になる。序盤から仕込まれていた伏線が、ここである程度回収されるのだろう。


コメディタッチが奏効


前後編で犯人探しをしなければならない事情があるためか容疑者も多く、その分ステロタイプな人物描写、台詞回しが目立ったように思う。ドラマが物語を成立するために設定を操作し、現実のそれとは合わなくなることがある。物語内のリアリティが成立していれば問題なく、些細な違いを言い立てても仕方ない(たとえばカルト集団の指導者である諸星沙奈江を取り調べるのはどう考えても公安警察で、刑事警察の鍋島が触れることはできないはずだ。しかしそれを言い出すと火村と諸星の接触もできなくなってしまう)。
ただ、ドラマが陳腐化するとそれが粗として目立ってきてしまうので、ちょっと心配なのである。今回もDNA鑑定の結果がやたらとすぐ出るな、とか随所で気になることがあったので老婆心ながら書いておく次第。

今回目立ったのが、火村が「この犯罪は美しくない」と言いかけたところを坂下刑事が「わかった!」と叫んで邪魔をしたり、取調室でなぜか鍋島刑事がパフェを食べていたり、というようなギャグ演出だ。唐突に思われた方がいるかもしれないが、原作にもある箇所なので別にドラマの無理な改変ではない。坂下刑事の急な活躍に関しては、その後に続くトリック解明場面に無理なくつながり、わかりやすく描くのに貢献もしていた。巧い演出である。

それ以外にも今クールのドラマの登場人物がカメオ出演していたり、謎解きの手がかりとなる看板に書かれている店名が「ヒガンバナ」になっていたり、と遊び心の目立った回であった。TVドラマならではの楽しい趣向である。

描かれなかった通天閣


原作の『朱色の研究』は、大阪の都市景観が重要な意味を持つ作品でもある。随所にアリスの眼から見た街の風景が描き込まれているのだ。原作では、火村英生が英都大学のある京都に下宿、アリスが大阪のマンション住まいということで、大阪の街について言及される機会も多い。『朱色の研究』はその傾向が特に強い作品で、主舞台である幽霊マンションのオランジュ夕陽丘も、アリスの住所のすぐ近くという設定なのだ。そのオランジュ夕陽丘からの眺めはこのように描写される。

──[……]巨大な看板やネオンサインが覗いているのは、電気店街の日本橋だ。右手を眺めると高津神社の緑、左手に目を向けると、動物園や天王寺公園の緑があるものの、お世辞にも美しい景観ではない。その彼方にそびえた通天閣は、愛すべき姿ではあったが、このコンクリートで塗り固められた都市に君臨するクレージーな猥雑の王のようでもある。

ドラマでは前述の「ヒガンバナ」の看板が写った場面である。実はあの背景には通天閣が見えていたのだ。そうした都市景観の描写が無駄に置かれているのではなく、その中に手がかりや伏線が仕込まれている。そのへんが謎解きミステリーの骨法だ。
また、大阪という都市の成り立ちについての言及も原作にはある。夕陽丘という地名は、実は大阪が寺の町であることから来ているのだという。登場人物の1人、六人部の台詞から引用する。

「そうです。四天王寺西門──鳥居のあるところ──に立って、真西を拝むというのが有名ですね。貴種流離譚である謡曲の『弱法師』、説教節の『しんとく丸』のクライマックスの舞台もあそこです。[……]海に沈む夕陽が拝めるそここそは浄土の東門でもあった。熱狂的な信者の中には、極楽往生をめざして西門から海に身を投げた者もいたとか。このあたりは、浄土教の聖地だったわけです」

この記述が実は重要な意味を持っている。貴島朱美から依頼を受けて火村が解決しなければいけない過去の事件、その舞台はドラマでは架空の地名になっているが、原作では和歌山県の枯木灘になっているからだ。中上健次の小説で有名な地名だが、そこから東に進めば熊野灘がある。浄土信仰の行の1つである補陀落渡海の場となった地である。『朱色の研究』の中にも、井上靖の短編「補陀落渡海記」(『楼蘭』所収)への言及がある。

大阪ミステリーとしての有栖川作品


こうした地誌への配慮、前述のような都市生活者としての言及は、有栖川有栖の小説には頻出する要素だ。特に大阪という都市への愛着は、無視できない要素である。大阪ミステリーの書き手といえば、初期の芦辺拓や犯罪・警察小説でおなじみの黒川博行がいるが、有栖川有栖もまた重要な作家の1人なのである。
たとえば2015年の新刊『鍵の掛かった男』は、大坂の中之島の限られた区域の中だけでほぼ話が完結する物語だ。中州の街である中之島をパリのシテ島にたとえ、小ぢんまりとしたその街の景観を嬉々として有栖川は描写する。

──橋を半分渡って中之島に〈上陸〉し、体の向きを西に転じれば、まず目に飛び込んでくるのは赤レンガ造りの中央公会堂だ。[……]その影になっているのが重厚にして壮麗な府立中之島図書館、その奥が大阪市役所。メインストリートである御堂筋を隔てて日本銀行大阪支店。[……]川が南西方向に垂れ下がるようにカーブしているためどのビルも重なることがなく、その並び方はコーラスグループが斜に構えてポーズを決めているみたいだ。

そういう意味では、ノンシリーズの『幻想運河』も忘れがたい。水運都市であった大阪への思慕が随所に現れた名篇であり、純粋なパズラーとしての有栖川有栖のみを知る読者には新鮮な驚きを与えてくれる作品である。大阪ではなくて兵庫が舞台なのだが、短篇で「猛虎館の惨劇」(『壁抜け男の謎』)についても言及しておきたい。元はアンソロジー『新本格猛虎会の冒険』に収録された作品で、同書は阪神タイガースにちなんだミステリーだけを集めた珍本だった。「猛虎館の惨劇」も、熱烈なタイガースファンの男が築いた館で殺人事件が起きるという内容である。大阪といえば阪神、というベタな連想で申し訳ありません。

本日放送の第7回は『朱色の研究』後編である。前回、シャングリラ十字軍の中で動きがあり、火村英生の身辺も慌しくなりそうな気配がある。また連続通り魔事件にも進展があった。ここから物語は加速していくのだろう。後半の展開が楽しみである。
(杉江松恋)