先週の放送でドラマ「わたしを離さないで」は、第2部「コテージ編」が終了した。その第6話は、カズオ・イシグロ原作の小説『わたしを離さないで』からはほぼ離れたオリジナル回だったのである。この回で、ドラマの性格がほぼ見えてきたように思う。その解釈の前に、1つびっくりするようなニュースが飛び込んできたのでお報せを。

来週放送の第8話では、保科恭子(原作におけるキャシー・H)の子供時代を演じた鈴木梨央が再登場し、成人した恭子(綾瀬はるか・演)と対面することになるらしい。写真を見た限りでは、単なるカメオ出演とは思えない。この場面が何を意味するのか、非常に気になるところだ。


日本国憲法第13条


というわけで第6話について。
第1部の陽光学苑編から、ドラマには原作にはないキャラクターが加えられていた。遠藤真実である。子供時代をエマ・バーンズ、成長後を中井ノエミが演じた。
第1部の時点では恭子たちのルームメイトとして登場し、酒井美和(原作におけるルース。子供時代を瑞城さくら、成人してからは水川あさみ・演)の嘘を容赦なく指摘するなどして(原作ではキャシー・Hがルースの嘘を暴いてしまう)、人を支配したがる彼女と敵対した。つまり美和と恭子の関係を客観的に批判するキャラクターだったのである。第2部に入って、彼女の重要性は増した。自分たちが「提供」という運命を背負わされたことに疑義を呈し、抵抗するという役割を与えられたからである。「外」の支援者と協力し、「提供者」の人権擁護を訴える活動をする。これはまったく原作にない要素である。人間には、自分の人生を自分のために使う権利がある。そのことを訴えるために彼女はドラマに登場した。
ドラマ「わたしを離さないで」の舞台は現代日本によく似た世界だが、少なくとも共通項があることが第6話では判明した。日本国憲法である。
別れを告げるためにコテージを訪れた真実は、恭子にある文章を語って聞かせる。それが日本国憲法第13条だと知ったとき、物語の謎の、少なくとも一部は氷解したのである。


──すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

真実の名前は「まなみ」だが、音読みでは「しんじつ」だ。彼女は「個人の尊厳」という真実を恭子に(そして彼女を通じて視聴者に)告げるためのキャラクターだったのである。実質的に彼女の主役回といえる第6話で、「わたしを離さないで」の世界は大きく開かれた。「提供者」が存在する特殊な世界から、個人の尊厳が侵されることのありうる危険な世界へ。ここで問題は大きく普遍化された。ドラマの舞台が、言論規制や思想活動の弾圧の存在する警察国家として描かれていることの意味は、視聴者の解釈に委ねられている。


キャラクターという強い武器


第2部終了にあたり、もう1つのドラマも幕を下ろした。恭子と友彦(原作におけるトミー。三浦春馬・演)、美和が織り成す三角関係だ。以前にドラマ「わたしを離さないで」と小説『わたしを離さないで』の大きな違いとして、セックスに関する感覚が異なることを指摘しておいた。原作版では、ヘールシャム出身者は性に対して開放的で、羞恥心を持たないのである。その変更が、まさかこの三角関係のドラマを成立させるために行われていたとは。第6話を見ておおいに感心させられた次第である。

物語を前進させる力は1つではなく、いくつも存在する。もっとも一般的なのはプロットの力だ。視聴者や読者が「早く先を知りたい」と思うようなストーリー展開であれば、物語は先にどんどん進んでいく。プロットは、そうしたストーリーを作るための設計図のようなものである。
逆にプロット自体は平凡でも、それ以外の部分が魅力的なために物語が前に進むということもある。リズミカルな文章、見とれてしまうような映像美といった五感に訴える要素はその1つだろう。官能表現やスリラーのアクションなどもそうだ。
キャラクターもまた、推進力になりうるものである。キャラクターの行動がシーンの継ぎ目の役割を果たし、その行動によってどんな結果が生み出されるのか、という関心が読者(視聴者)の興味をつなぎ止めることになる。文章表現以上に演劇やドラマ、映画などはキャラクターの力に大きく支配される。そこに役者の演技というものが加わるからだ。「わたしを離さないで」にも、物語を前に進める役割を担ったキャラクターがいる。酒井美和である。

恭子と友彦の仲を裂き、陽光学苑やコテージブラウンの人間関係を支配しようとする。
これまで、美和に反感を抱いてきた視聴者は多いはずである。それこそが制作者の思う壺であり、物語の要所要所で美和に暴れさせることにより、ドラマは前に進んできた。原作のルースも身勝手な性格だが、美和ほどには支配的ではない。静かな語りで進んでいく小説では、ルースは暴君になりきれないのだ。文章にユーモアの要素があるため、メロドラマ的な展開にはブレーキがかかる。キャラクターを一気にデフォルメし、美和の物語へと作り変えたのは制作者の功績であった。もちろん水川あさみの演技が優れていたということもである。


第3部「希望編」開幕


そして今夜放送される第7話だ。舞台は完全に現在へと移る。恭子は介護人として働いており、美和と友彦はすでに「提供」を始めている。美和には恭子が、そして友彦には陽光学苑時代の友人である珠世(馬場園梓・演)が介護人として付いている。
これまでのドラマでまだ明らかにされていないのは、第1に「提供者」の世界でも特別な位置に置かれているらしい陽光学苑の謎である。陽光学苑はどのような意図で設立された施設なのだろうか。次に、第2部でたびたび語られてきた「猶予」の謎もある。心の底から愛し合っている提供者のカップルは、思い通りに使える時間を3年もらえるという噂がある。それを証明するためには何をすればいいのか、そして噂は本当なのか、という点については、まだ何も示されていない。もちろん、この謎は陽光学苑の謎と不可分のものでもある。陽光学苑ではなぜか「心を表現する」美術の授業が重視されていた。そのことの意味が明かされるとき、2つの謎は結びつくはずである。
今夜放送される第7話では、恭子、美和、友彦の3者が懐かしい陽光学苑の方に導かれて動き出すことになる。謎を解くための鍵はそこにある。ここからドラマで語られる事柄の1つ1つが、結末に向けての大事な手がかりになるはずだ。パズルの空白がいよいよ埋められ始めた。
(杉江松恋)